2005年6月


1日●ゲラのチェック

新刊本のゲラが上がってきた。私は一字一字を厳しくチェックしている。神経を使う作業だ。恐ろしく細かな字が、びっしりと書き込まれている。私は一箇所に座ったまま、数時間ほどゲラのチェックに没頭した。
【解説】 夢の中で、優に数時間は仕事をしていたと思う。目が覚めて、あの努力が全て夢だったのかと思い愕然とした。夢に「私の時間を返して」と言いたい(苦笑)。


2日●ゲラのチェック そのA

新刊本のゲラをチェックしている。今日使っている赤ペンは、ボディは平凡なデザインだが、普通のペンとは違った書き味だと思う。私はそのまま身動きもせずに、数時間ほど仕事をした。
【解説】 昨日に引き続き、ゲラをチェックする夢。しかも、今夜もまた夢の中で数時間にわたって仕事をしてしまった。この手の夢は、疲れるだけで夢がない。もっと夢のある夢を見たいものだと切実に願う(再び苦笑)。


3日●旅立ち

大きな駅舎のようなところ。私は「それじゃ」と手をあげて、誰かに別れを告げている。私が乗る乗り物は、恐ろしく高速だ。この乗り物に乗ったが最後、私は過去の全てを忘れ去ることになっているらしい。私は過去と訣別し、未来に向かって意気揚々と歩き出す。
【解説】 先月の末にも2度ほど、似たようなイメージの夢を見た。UFOなど高速の乗り物で、別の世界へ向かう夢だ。現実世界の私は5月31日に原稿を1本脱稿し、次の作品のイメージ作りに既に取り掛かっている。そうした心の動きが、「高速の乗り物で移動する」という形で夢に反映しているらしい。


4日●マーフィーの法則

ようやくUFOが目的地に到着したらしい。さまざまな国籍、肌の色、言語を持つ大勢の人々とパーティーの席で懇談している。ここにいる人たちは皆、数ヶ国語を同時に操れるようだ。話すテーマによって、使われる言語が刻一刻と変わっていく。そのうち、話題がマーフィーの法則のことになる。いかにもアイルランド系の学者といった風貌のひとりの男性が、「マーフィーの法則に『いくつかの選択肢がある場合には、そのうち最も単純に見えるものが往々にして真実である』という言葉がありますね」と述べた。私は心の中で(それはマーフィーの法則ではないのでは?)と思うのだが、では、その言葉の出典がどこだったか思い出そうとすると、どうしても思い出せない。「いくつかの選択肢がある場合には、そのうち最も単純に見えるものが往々にして真実である」という命題が仮に真であるならば、この言葉の出典も、最も単純に考えれば「マーフィーの法則」に違いない。私はそのようなことを思いながらシャンパンを飲んでいるのだが、早いところゲラのチェックもしなければと思っている
【解説】 全体に意味のわからない夢だが、最初に乗っていたUFOは、おそらく先月30日に乗っていたUFOではないかと思う。最後に登場したゲラのチェックうんぬんは、現実世界でも明日中に終わらせなければならない急ぎの仕事。せわしない夢だった。


5日●冷凍された血肉を解凍する

研究所のような部屋。私は何かの理由でそこを訪れた見学者らしい。他に、研究者らしき若い男女が数人いるようだが、その姿は視界の端に映るだけで、顔つきなどハッキリしたことはわからない。凡庸なイメージ。これとは別にもうひとり、30代と思しき男性の姿が見える。髪を少し伸ばして、目のあたりにバサッとかかるようにした髪形がむさ苦しい。私はこの人の存在を嫌悪または軽蔑している。目の前の巨大なデスクの上には、一抱えもありそうな長方体の物体が3つ置かれている。3つの形、大きさは全く同一で、それぞれはガーゼのような白い薄布に包まれている。中身が何かは不明だが、見るからに重量がありそうだ。これとは別に、同じデスクの上には複数の機械があって、その上ではさまざまな物体が凍結している。私の目の前にある凍った物体は、色は赤っぽく、凍る前は「血」あるいは「肉」あるいは「血と肉の混合物」だったのではないかと思う。私は、赤い凍結物が乗った機械のON・OFFスウィッチを動かして遊んでいる。やがて夜になり、私は建物の外に出た。そこで何か空を飛ぶもの(凧?)を見たような気もするが、よく覚えていない。ホテルに泊まったような気もする。気がつくと翌朝だった。私は再び昨日の部屋へ行く。例の「前髪を伸ばした30代ぐらいの男」の姿も見えるが、最初から無視した。昨日スウィッチをOFFにしておいたため、赤い凍結物は少し解けかかっている。これが完全に溶けたら何が現われるのだろう。不思議なことに、ここの研究者達は、物体が解けかかっていることに少しも気づいていないらしい。危機管理能力の低い連中だと思う。
【解説】 意味はわからないが、全体に「解く」「解き明かす」イメージがベースにある感じの夢。「秘密を解き明かす」という意味では、先日脱稿したばかりの『ロスト・オフィサー』のイメージに近いと言えるかも知れない。


6日●トラブルメーカー

文化関係の親睦団体。このたび新会員が入ることになったという。名前を聞いて驚いた。トラブル・メーカーで有名な○○さんではないか。「そんな人を入れたら、後で色々と大変なことになりますよ」と、幹事の△△さんにそっと告げたところ、△△さんは「えっ、○○さんってそんな人なんでか。まずいな。もう会員にしちゃいましたよ」という返事だ。心配していると、翌日早速○○さんが会の運営を妨害するような奇矯な振る舞いをはじめた。△△さん以下、幹事たちも「とんでもない人を会員にしてしまった」と頭を抱えているが、今更どうしようもない。「新しい会員を選ぶときは、もっとよく人物を調べなくては駄目じゃありませんか」と言いながら、私は善後策を考えている。
【解説】 ○○さんも△△さんも実在の人物。先日お酒を飲んだとき、確か△△さんは○○さんの噂をしていた。それが記憶に残っていて今夜の夢になったのだろうが、夢の中とはいえトラブルに巻き込まれるのは気持ちの良いものではなかった。


7日●怖いぬいぐるみ

見覚えのない和室。中央にコタツが置かれ、コタツをはさんで片側には大きなテレビ(らしき物)、反対側には大きなソファーが置かれている。私がその部屋に入ると、夫と息子が寛いでいた。いつ、この家に引っ越したのかと不思議に思う。息子はいつの間にか背が伸びて、181センチの夫と比べても見劣りしなくなっている。ソファーの上には、見たことのない白いぬいぐるみが置かれている。それは優に1メートル以上はありそうなシロモノで、見ようによっては熊にも、ラッコにも、レッサーパンダにも見える。私はこのぬいぐるみが怖い。何故ならば、人間が気づかずにいる間に、ぬいぐるみのどこかが動いたり光ったりするからだ。夫と息子はそのことに気づいていないらしい。今もまた、ぬいぐるみは目をピカッと光らせながら首を動かした。私は夫に、このぬいぐるみを捨てて来て欲しいと頼んだ。
【解説】 ぬいぐるみが怖いというのもおかしな話だが、夢の中の私は、白いぬいぐるみを本心から嫌がっていたような気がする。それは単に「怖い」だけではなく、「嫌悪」が入り混じった感情だった。それを自分では捨てに行かず、夫に頼むというのも奇妙な話だ(現実世界の私ならそのような場合、あっと言う間に自分で処分してしまうだろう)。今夜の夢は、どうにも自分らしくない夢である。


8日●ゲラのチェック そのB

『ロスト・オフィサー』のゲラをチェックしている。ここは南の島なのか。私はデッキチェアに座り、サーバントが運んできた冷たい飲み物で喉を潤している。そよ風が心地よい。あと一仕事したら、すぐそこの森へ遊びに行って来ようと思う。
【解説】 「ゲラをチェックする夢」は今月3度目だが、今夜の夢は明らかに精神的に楽になっていた。『ロスト・オフィサー』に関しては、脱稿ぎりぎりになって判明した真実などが多く、その裏づけとなる資料探しに非常に時間がかかってしまった(私はある意味「完璧主義者」なので、こと執筆に関しては、このへんで適当に手を抜くということが嫌いなのだ)。実は昨日も、朝から晩まで防衛庁で調べ物をしていた。しかし、そろそろ資料も出揃った感じで、ゲラのチェックも大詰めを迎えつつある。そんな安堵感が夢にも反映したようだ。


9日●忍びの者

茶室に入ろうとしている。後ろには、数人の茶人が続いている。どうやら今日の茶席では、私が正客を勤めるようだ。にじり口で身を低くし、部屋の中の様子を伺ったところ、畳の下からごくわずかな音がした。蟻が動くほどのかすかな音だ。咄嗟に私は、後ろに続く者たちに「伏せろ!」と声をかけるなり、手榴弾を発火させて茶室の軒下に放り込んでいた(いつもは帯刀しているのだが、待合で外してしまっており、刀を抜いて闘うことは不可能だったのだ)。爆音が起こり、たちまち茶室は木っ端微塵に吹き飛んでいた。軒下には、忍者の死体がゴロゴロしている。純金で出来た茶室が吹き飛んだのは少々惜しいが、まあ仕方ないと思う。私は後ろを振り向き、「ご覧のとおり、今日は茶室が使えなくなってしまいましたゆえ、皆さんのご賛同が得られれば○○荘でお食事をしたいと思います。宜しいですか」と声をかけた。後ろの人々も、平然と頷いて「賛成」、「異議なし」などと言っている。私たちは、まるで何事もなかったように○○荘に向かった。
【解説】 夢の中の私は武士だったようだ。そういえば、歴史的に見ると茶室というところは物騒なところで、究極の密談も出来れば、暗殺も出来る。もちろん、共に昔の話だが、茶室にまつわる血なまぐさい話は結構多くあるようなのだ。にじり口から中の様子を伺うのも、入り口の脇に敵がいないかどうかを確かめるためだそうである。今夜の夢で見た茶室は、単なる茶室というよりは、戦場の近くに設営した参謀本部といった感じだった。


10日●正方形の書籍

出版社から、完成したばかりの新刊見本が送られて来た。見ると、今度の書籍は正方形である。(本棚に収納しにくいんじゃない?)と思いながらページを繰っている。
【解説】 この夢を見て急に思い出したのだが、そう言えば23歳のとき、正方形の小さな本を500部だけ限定出版したことがある。自分の結婚式の引き出物の一つに使ったのだが、題名は『百舌の来る家』といって、エッセイが一編だけ収められた、本当に掌サイズのミニブックだった。結婚式に来てくださった人や、お祝いをくださった人に差し上げて、おそらくもう残部はないと思うが、真っ白な表紙の可愛らしい本だった。縁があった人にプレゼントする掌サイズの本(非売品)を、また遊びで作ってみたいような気がする(グリコのオマケの感覚で)。ちなみに、結婚式でお客様に差し上げた引き出物は、当時は日本で入手困難だったオーストラリアン・ワイン(白)、夫の画集、ハンド・パペットのコアラのぬいぐるみ、『百舌の来る家』でした(笑)。


11日●萌(もえ)婆さん

いかにも花柳界の女性といった雰囲気のお婆さんと向き合って座っている。年齢は90ぐらいだろうが、驚くほど頭がしっかりしていて、第二次世界大戦の謎を何から何まで知り尽くしているのには驚いた。このお婆さんから、日本軍のスパイのことなどを聞いている。さまざまな話を聞かせていただいたあとで、最後に名刺を頂いたところ、いかにも芸者さんが使いそうな花名刺には、なんと「海軍大将 萌(もえ)」と印刷されていた。
【解説】 夢から覚めて、しばし呆然としてしまった。夢の感覚が非常にリアルで、萌婆さんが現実の世界にもいるような錯覚に数秒ほど陥ったからである。勿論、こんなお婆さんが実在するはずはないが、いたらさぞかし面白いだろう。それにしても、最近の夢の内容を振り返ってみると、私の頭は未だに戦争一色なのだなあと思い知らされる。


12日●ニイタカヤマノボレ

海が荒れている。艦隊は南へ進んでいる。ここは空母赤城の艦上だ。私は高いところから船の様子を俯瞰している。零戦二一型、九九艦爆、九七艦攻がずらりと並んでいる。「ニイタカヤマノボレ、一二〇八」の指示。このまま真珠湾を奇襲攻撃したら、日本は泥沼の戦争に突入する。なんとかこの戦争を阻止出来ないものかと必死で考えるが、なかなか良いアイデアが浮かばない。暫く時間が経った。不思議なことに、飛行部隊が出発する気配は全くない。総隊長の淵田はどうした。不審に思い、下に下りてみると、そこにいたのは何故か日本文化デザイン会議のメンバーばかりではないか。しかも彼らは、今しもパーティーを始めようとしているところなのだ。女優の蜷川有紀さんが「真美ちゃん、どこ行ってたの? ワインが温まっちゃうじゃない」と言い、ミュージシャンのサエキけんぞうさんが気を利かせてワイングラスを持ってきてくれた。南雲や淵田はどこへ行った。呆然としている私にはお構いなしに、パーティーが始まった。理由はわからないが、どうやら戦争は回避されたらしい。それはそうだ。ここにいるのは芸術系の人ばかりなのだ。武器を持って戦争などするはずがない。やはり、日本が勝つためには文化で攻めていくしかないのだと思う。建築家の黒川紀章先生のお話が始まった。気がつくと私の首には、非常に美しい銀色(プラチナ製?)のチョーカーが飾られていた。
【解説】 相変わらず戦争関係の夢である。ご存知のない方のために申し添えると、「ニイタカヤマノボレ、一二〇八」は「12月8日、真珠湾を攻撃せよ」の暗号文。これに続くのが有名な「トラ、トラ、トラ」(我、奇襲に成功せり)であるが、「トラ」の本当の意味は「ト」が突撃、「ラ」がモールス信号の「S」で、Succeeded、つまり「トラ」は「突撃に成功した」の意味である。


13日●手作業の洋服づくり

朝のテレビ番組を見るともなしに見ていると、デザイナーのR子さんがフィーチャーされていた。新しい質感の洋服作りに挑戦しているといった内容である。新しい質感を作るために、彼女は布の裏から針を通し、表に出た糸を2〜3センチ残して切る。布のあちらこちらに、同じ方法で糸を通すだけなのだが、結び目がないにもかかわらず何故か糸が抜けないのだ(しかも、暗闇に行くと糸が光って見える)。これを全て手作業で行なっているという。私は、(今までの彼女の作風と全く違うし、何か心境の変化でもあったのかしら)と、R子さんのイメージチェンジを驚いている。
【解説】 デザイナーのR子さんと言えば、都会的で前衛的なイメージの洋服が多い。そのR子さんが、糸と針を使って手作業の洋服作り(しかも柔らかく優しいデザインはフォークロア調)を作っているという、どうにも不思議な夢。イメージチェンジというより、実物のR子さんとは正反対のイメージだった。


14日●競い合う神々

2人の神さまが競い合っている。彼らは最初、進化論のことで口論をしていたのだが、そのうちに「生物は進化と共に巨大化するか否か」という件で、侃侃諤諤の激論になってしまった。神その@が、マンハッタンのビル街のようなところで猫のような生き物を創造してみせた。それを見た神そのAは、猫と同じぐらいの大きさのゴキブリを創造した。さらに神その@が馬のような生き物を創造すると、神そのAは馬と同じぐらいの大きさのハトのような生き物を創造した。次に神その@がアフリカゾウを創造すると、神そのAはアフリカゾウと同じぐらいの大きさの仔犬のような生き物を創造した。私はビルの一室からその様子を観察し、おなかを抱えて大笑いしている。
【解説】 よく意味のわからない夢。舞台がマンハッタンのようなビル街だったこともあって、全体にゴジラ映画のような雰囲気だった。


15日●遺跡に隠された秘密

アマゾン、あるいはニューギニアの奥地らしき場所。近くに急流の存在を感じる。とんでもない場所に、とんでもない遺跡が隠されていることを、偶然に私は発見してしまった。それは、世界史の常識を根底から覆し、人類がどこからやって来たかを示す恐ろしい証拠だ。途端に、先端に毒の塗られた矢が雨あられと降ってきた。秘密を暴いたことを、部族の人々が怒っているのだ。ここの部族は地球上で最も凶暴だと聞いている。私は全速力で逃げながら、指輪と見せかけた発信機を使ってCIAに連絡を取っている。
【解説】 非常にスピード感に溢れた夢だった。不思議なことに、夢から覚めた瞬間、(近い将来、現実世界でもこの場所に行くことになるのではないか?)と思った。今のところ、そのような予定はないのだが……。
【後日談】 この夢を見た9日後の6月24日になって、来月の頭に“世界最古の熱帯雨林”を訪ねることが急遽決まった。7月の初旬にオーストラリア北部のケアンズ方面に行くことは、前々から決まっていたのだが、諸事情により日程が変更になって、ケアンズのあと世界最古の熱帯雨林へ行けることが24日に決まったのだ。くだんの熱帯雨林の写真を何枚か見たところ、それがなんと15日の夢で見た風景に酷似しているのである。今回の旅は、次に執筆予定のミステリーのための取材なのだが、出かける前から何やらミステリアスな展開になってきた。旅先で果たして何が待ち受けているのか、今から楽しみである。


16日●彼らの意外な一面

オーストラリアらしき場所。娘のLiAが、「これ、私の男友達リスト」と言いながら小さな写真集を見せてくれる。そこには彼女の男友達のバストアップ写真がズラズラと並んでいるのだが、好きな男の子の写真は2枚かそれ以上、普通に気に入っている子の写真は1枚だけ貼ってあるので、写真の枚数を見ただけでどの子がLiAのお気に入りか一目でわかる。ある男の子の写真が5〜6枚ほど並べて貼ってあったので、誰だろうと思いながらよく見ると、27〜8歳と思しき日本人だ。俳優の京本正樹さんを若くしたような顔立ちの爽やかな青年で、名前は○△×□君というそうだ。(娘の好みって、こういう濃い顔だった?)と、意外に思いながら写真集を見ている。場面が変わり、大型スーパーマーケットの食料品売り場。その脇に、ラーメンやカレーなど簡単な食事のとれる食堂があって、何故か女優の原田美枝子さんが食事をしているではないか。視線が合うとニコッと笑ってくれた。そのあと、私は原田さんと何かを話し、メールアドレスを交換する。もっとおとなしい人を想像していたが、実はとても明朗活発でスポーティーな女性なのに驚いた。再び場面が変わり、夜の町。私はLiAが運転する赤いランドクルーザーの助手席に乗っている。すぐ左隣を、夫の車が走行している。道はかなり混雑している。橋の袂に差し掛かった時、夫の車が左のウィンカーを出し、橋の脇にある道に入ろうとした。夫はこちらを見ながら、曲がれと合図している。私はLiAに、左折するよう指示した。2台の車は脇道に入り、川に沿って走った。暗闇の中でも、水面が静かに揺れている感じが見える。かなり幅の広い川だ。100メートルほど進むと、道はそこで行き止まりになっていた。私達はそれぞれの車に乗ったまま、窓越しに何かを話している。すると、別の車が私達と同じルートで道に入って来るのが見えた。それはかなり大型の外車で、中には5〜6人の日本人ヤクザが乗っている。その中に、例の○△×□君が乗っているのを、娘も私も見逃さなかった。夫が、「危ない連中が来たな。即バックして、もとの道に戻るぞ」と指示をよこす。はかなりのスピードで車をバックさせ始めた。そのハンドル捌きがF1レーサーのように鮮やかなので、私は(えっ。LiAって、こんなに運動神経が良かったんだ!)と意外の感に打たれている。
【解説】 ひとりの人間の中には、実に色々な側面があるものだ。例えば、大勢でいるときは誰よりも優しそうに見えた人が、ふたりきりになってみると実は血も涙もない薄情者だったり、いかにも頼りなさげな人が、いざという場面で誰よりも力になってくれたり。真の姿というものは、往々にして危機的状況が訪れて初めてわかるものではないだろうか。よく、犯罪が起こってしまった後で、「とてもそんなことをするような人には見えませんでした」と周囲が口々にコメントする場面を見かけるが、まさにあれである。人間の心に巣食った闇というものは、ごく近くで生活している人間にすらわからないことが多い。私は最近『ロスト・オフィサー』という本を一冊書き終えて、つくづくそのことを実感している。そんな気持ちが今夜の夢になったのだろう。ちなみに、(本論から大きく外れますが)LiAの好みは「濃い顔」ではなく、弥生系の「薄い顔」の男の子だと思います。念のため(笑)。


17日●彼女の意外な一面

白っぽい部屋の中。室内には3人の人間がいる。顔の見えない人(性別不明)と、○○子さん、それに私だ。私達は向き合うような形で、それぞれ事務用椅子に座っている。○○子さんが、顔の見えない人に向かって何かを切々と訴えている。私はそれを横で聞いているオブザーバーのような立場らしい。時には涙を交えてさまざまなことを話した後、○○子さんは何を思ったか急に上半身裸になった。驚いたことに、○○子さんには胸毛が生えているではないか。しかし彼女は、そのことについて全く意に介していないし、顔の見えない人も黙っている。私は大変驚いているのだが、驚きが顔に出ないように一生懸命こらえている。
【解説】 少し前に、何十年ぶりかで○○子さんと再会した。昔とイメージが180度変わっていて驚愕した。○○子さんは実在の人物なので、これ以上詳しく書くことは出来ないが、その驚きがストレートに今夜の夢になったものと思われる。


18日●暗号書の一夜

潜水艦の艦内らしき場所。一面に暗号書が散らばっている。一晩中、たったひとりで暗号書を読み続けている私。
【解説】 特にストーリーはなく、ただただ一晩中暗号書を読み続けるという、拷問のような夢。そのため今夜は寝た気がしなかった。


19日●浜辺にて

どこまでも続く砂浜。視線が低く、まるで大地の上にカメラを置いて、そのファインダー越しに世界を見ているようだ。荘厳なクラシック音楽が流れている。静かに波が寄せては返す。厳粛な雰囲気。海のほうから何十匹、何百匹という海老がこちらに向かってゆっくりと歩いて来た。それは何かとてつもなく哲学的な行進のように見える。クラシック音楽に合わせて歩いて来た海老たちが、視線の位置を超えた。すると今度は、視線は180度後方を向いて、海老たちが去って行く後姿をじっと見送っている。彼らがどこへ行くのかは、誰にもわからない。
【解説】 「海老の大群が歩いて来る」と書くと、SF的で不気味な場面を想像するかも知れないが、実際にはすべてが厳粛で、まるでサイレント映画を観ているような夢だった。しかし、何故「海老」なのかは謎。『夢の事典』(日本文芸社)によれば、海老の意味は「防衛本能、母性本能」だそうだが。


20日●戻れない過去

夜の町。郷愁。甘酸っぱい悲しい気分。犬のブースケが登場したような気がするが、何が起こったのか詳細はわからない。(過去に戻ることは出来ない)と思う。流れる風。タクシー。同じ車内には、異なる2つの出版社からやって来た編集者らしき人たちが乗っている。ひとりは背の高い男性で、もうひとりは寡黙な女性だ。彼らはこれから東京に帰るらしい。私はここに残る。男性が何かさかんに楽しいことを言って場を盛り上げている。私も無理に笑いながら、(人生なんてこんなものだ)と思う。気がつくと私の家にいた。私は彼らのためにコーヒーを用意し、帰りのタクシーを手配しながら、もう決して戻って来ない時間のことを考えている。
【解説】 全編にわたって、「夜」の中にいる夢だった。昨晩は、寝る前に南雲忠一中将の訓示を読み返していた。サイパン玉砕の前、つまり南雲氏が自決する直前に書かれた『サイパン島守備兵ニ与フル訓示』である。その中の「今ヤ止マルモ死、進ムモ死」という部分を読み返しながら、南雲氏はどのような気持ちでこれを書いたのだろうかと考えていた。その後で見たのが、この夢である。夢の中では、私までが進退窮まって、戻れない過去(具体的に何なのかは不明)を懐かしんでいるようだった。但し、現実世界の私は、たとえ逆境にあっても「人生の中で“今”が最高に楽しい!」と思うタイプの人間だし、“未来”にも大いなる夢を持っているので、過ぎてしまった昔に戻りたいと思うことは無いのだが。


21日●暗号書の在り処

暗号書を探して旅をしている。北はアラスカから南は南極大陸まで、考えつく限りの場所を旅するのだが、暗号書は見つからない。途中、犬のブースケの散歩をしていると、向こうから知り合いの白人女性が歩いてきた。彼女はスウェーデン人で、かつてニューデリー時代に子どもの学校のPTAでよく見かけた女性だ。“Hi, Mami. It's been a real long time!(ハーイ、マミ。随分と久しぶりね)”と言われ、“Yeah. These days time goes like a space shuttle.(ホント。最近は光陰スペース・シャトルの如しよね)”と返事をしながら、さて彼女の名前は何だったかしらと一生懸命思い出そうとしている。場面が変わり、コロニアル風の豪邸。どうやらここが、私の新しい家らしい。夫のアトリエに入ってみると、大きなテーブルがあって、その上に、なんと暗号書が置いてあるではないか。「この暗号書、どこで手に入れたの」と尋ねると、「普通に画材屋で売っていたぞ」という返事である。なるほど、暗号書はこうやって今でも流通しているのかと妙に感心する。
【解説】 またしても戦争がらみの意味不明な夢である。今夜の夢に登場したスウェーデンの女性は、息子がKG(幼稚園)に行っていた頃、お迎えに行くと毎日のように顔を合わせ、雑談をした仲間のひとりだが、この夢を見るまで彼女のことは忘れていた。確か、ご主人が国連またはユニセフの仕事をしている方だったと記憶しているが……今頃になって夢に現われる理由は何だろう。


22日●ナッラ・マラ・ペーユンヌ

正方形の部屋。静謐。ゆったりと流れる時間。そこへ、茶道の荒井宗羅先生がどこからともなく現われて、「南インドのケララで話されている言葉は、何語でしたかしら」と仰った。私が「マラヤラム語と申します」と答えると、さらに「マラヤラム語で“大雨が降っています”は何と言えば宜しいのかしら」という質問が返ってきた。私が「“ナッラ・マラ・ペーユンヌ”です。“マラ”の“ラ”の発音は、世界広しといえどもマラヤラム語にしかない発音と言われておりまして、舌の巻き方がたいへん難しいのですよ」などと言いながら「ラ」の発音の仕方を説明している。気がつくと外にいて、先生と並んで路地を歩いていた。どうやらそこはケララの片田舎らしい。路傍にたくさんの小さな店が建ち並んでいる。皆が物珍しそうにこちらを見ている。店番のお婆さんが私達を指差し、日本語で「7歳、7歳!」と叫びながら笑っている。荒井先生が「あら。私達、そんなに若く見えるのかしら」と真面目な口調で仰った。そのあと、道の向こうから犬のブースケが来たような気もするが、はっきりとは思い出せない。
【解説】 目が覚めると、大雨が降っていた。おそらく私は夢の中で現実の雨音を聞いていたのだろう。ケララのお婆さんが発した「7歳」という言葉の意味は全く不明。


23日●善良な市民ぶる女

一人の中年女性が街頭に立って、「私はか弱い女です。毎日を一生懸命に生きている、平凡で善良な一市民です」と演説をぶっている。しかし、その内容をよく聞いていると、か弱いどころか実にふてぶてしく、しかも論点は支離滅裂だ。そこへ、少しボケた感じの高齢の男性が杖をついてやって来て、彼女の言葉に素直にうなずきながら、「ほおほお、そうですか。ほおほお」と言っている。通行人たちは自分のことで忙しいのだろう、彼女を無視してスタスタと歩いて行く。私は暫く彼女の話を聞いたあと、(何が言いたいの、この人は?)と呆れてその場を去った。
【解説】 現実世界にも、「善良な普通の市民」のふりをするのが得意な人たちがいる。そういう人は、本当はかなり図太い場合が多い(本当に善良な市民は、自分のことを善良な市民などとは呼ばないものだ)。彼らは自分からは動こうとせず、人の揚げ足を取ったり批判することが得意だ。そのくせ矛先が自分のほうに向くと、二言目には「私は平凡な一市民です」と言って安全圏に逃げたがる。彼らには罪の意識もなく、自分は正しいと思っているから性質(たち)が悪い。この手の人間がいずれ日本を滅ぼすことになるのではないかと、最近ふと思うことがある。その気持ちが夢に現われた感じ。


24日●24枚の扉

24枚の扉がある。それぞれの扉の向こう側には部屋があって、1部屋にひとつずつ、全部で24の秘密が隠されているという。私は、トランプの札をめくるような気持ちで1枚の扉を選び、そっと開いてみた。すると扉の向こう側では、昨年亡くなったはずのSさんが優しく微笑んでいた。Sさんは、「これまでの貴女のご苦労は、近いうちにきっと報われますよ」と言いながら、誰かを紹介してくれた。顔は見えないが、それは今の私にとって必要な人だったと思う。Sさんと別れたあとで、どこか別の場所で楽しいことに遭遇し、大笑いをしたような気がするのだが、詳細は思い出せない。
【解説】 もっと長いストーリーだったような気もするが、この部分しか思い出せない。Sさんはカウラ事件の関係者。全体にほっとするイメージの夢だった。「24」という数字にどんな意味があるのかは、見当もつかない。


25日●狙撃未遂

夜のハイウェイ。蛇行しながら走る2台の車。共に左ハンドルだ。私は後続車の助手席に乗っており、前の車の助手席に浮かんだシルエットに向かってスナイパー・ライフルの照準を合わせた。揺れる車体。軋むタイヤ。道は恐ろしくカーブの多い坂道に差し掛かった。この状態では、とてもあの男を狙撃することは出来ない。私は次の狙撃チャンスを待つことにした。
【解説】 私が撃とうとしていた相手は、日本を滅ぼしかけている陸軍の上級将校だったようだ。私自身が誰だったのかは定かでないが、ストーリーには国際的な諜報機関が絡んでいたような気がする。まるでスパイ映画の一場面のような夢だった。


26日●建築家の絵

高名な日本人建築家が、1枚の絵を描いた。それは不思議な絵で、未だかつて誰も使ったことのない新しい絵の具(名前はカタカナ4文字だったと思うが思い出せない)を使い、これまでの絵画とは全く異なった素材の上に描かれているのだ。抽象画のようにも風景画のようにも見える絵だが、どうやらそこには私の顔が描かれているらしい。私は建築家と並んで写真に納まっている。その写真は翌朝の新聞に載った。それを見た高名な小説家(おそらく宇野千代さん)が、書斎で正座し、写真をテーマにエッセイのような文章を書いている。
【解説】 この他にも短いエピソードがたくさん登場する夢だったが、この部分しか覚えていない。


27日●少女と鬼のような女

昭和初期と思しき日本。丈の短い着物を着た7〜8歳の少女と、ちょうどその母親ぐらいの年恰好の女が見える。2人の関係はわからないが、少女はこの女に苛められているようだ。そこは煤(すす)けた古い部屋で、天井からは反物のような細長い布がたくさん垂れ下がっている。少女は、懸命に布に飛びついている。女はそれを邪魔しようとしている。前後関係は不明だが、この布は、少女の実の母親の生命に係わる何からしい。女は鬼のような顔で少女をののしり、少女の母親を呪っているようだ。私は、あたかも劇場の観客のように、少女と女の様子を見ているしかない。何か決まり事があって、私は2人のほうへ近づくことを許されていないのだ。しかし、少女が力尽きて倒れ込む様子を見た私は、遂に堪えられなくなって少女を助けるために飛び出そうとした。すると、それまで少女を虐待していた女が急に驚いたように少女のほうへ駆け寄り、「大変だ。おまえが死んでしまったら、私は生きていけない」などと言って、少女の介抱を始めたではないか。私は唖然としながら2人を見守っている。そして、この鬼のような女こそが少女の真の母親かも知れないと思う。場面が急転し、何かの月刊誌の編集者が訪ねて来た。私はその人と、この秋の取材旅行の打ち合わせをしている。
【解説】 この夢を見る直前に、「犬を虐待する飼い主」に関するコラムを読んだ。あんなに無抵抗で小さな動物を虐待する心理が、そもそも全く理解できないが、最近は、飼い犬を折檻して殺してしまう人間が少なくないのだそうだ。全く嫌な世の中である。そのコラムを読んだことが、今夜の夢を見させたのだと思う。なお、夢に現われた少女と女の顔に見覚えはなかった。


28日●おじいちゃんとおばあちゃん

路傍に小さな花がたくさん咲いている。私は自分の足元を見下ろしたまま、スキップでその道を駆けている。靴がとても小さい。おそらく私は小学生なのだ。ふと視線を上げると、すぐ目の前はおばあちゃんの家だった。ベルを鳴らすとおじいちゃんが出て来て、ニコニコしながら「おや。真美ちゃん、遊びに来たのかい。美味しいお菓子があるよ」と言う。玄関に靴を揃えて脱ぎ、手を洗ってから、廊下を歩いて奥の居間に向かった。炬燵にはおばあちゃんが座っていて、「真美ちゃん、昔話をしてあげようか」と言う。私はおじいちゃんからお菓子をもらい、おばあちゃんの膝に座って昔話を聞いている。おばあちゃんの昔話には、とてもおかしなキャラクターが登場する。それを聞きながら、私はおなかの皮が捩れるほど笑い転げている。温かく、優しい気持ち。そのうちに私は眠くなって、おばあちゃんの膝の上でそのまま眠ってしまった。
【解説】 とても懐かしく、温かい感じの夢だった。今夜の夢に登場した「おじいちゃん、おばあちゃん」とは、母方の祖父母のことだが、祖父は約10年前、祖母は約23年前に亡くなっている。私は初孫だったため、それこそ目に入れても痛くないほど可愛がってもらった。祖父母が夢に現われることは大変珍しいが、果たしてこれは何かの暗示なのだろうか。


29日●同一人物

がらんとした無機質な感じの部屋。隅のほうに、カーテン付きの試着室のようなコーナーがある。ひとりの男が部屋に入って来て、ものも言わずにカーテンの向こうに消えて行った。彼の姿は一瞬しか見えなかったものの、あの横顔は間違いなく「ナカ・マッソ」だったと思う。彼こそは、謎の鍵を握る男だ。逃がしてなるものかと思う。数秒後、再びカーテンが開いた。当然「ナカ・マッソ」が出てくるものと思いきや、現われ出たのは何故か「ピカリング」ではないか。私は心の中で、(なるほど。このふたりは同一人物だったわけね!)と驚愕している。
【解説】 「ナカ・マッソ」は、来月末発売予定の拙著『ロスト・オフィサー』に登場する謎の陸軍中尉(日本人)。「ピカリング」は、『ダヴィンチ・コード』で有名なダン・ブラウン氏の別の作品『デセプション・ポイント』に登場する究極のスパイ。ナカ・マッソもピカリングも、どちらも非常に謎めいた男達である。夢の中では、何故かこのふたりが同一人物という設定だった。


30日●ブースケの散歩

ブースケが暑がるので、涼しい場所へ散歩に連れて行くことにした。見覚えのある山道を歩いて行くと、向こうからダライ・ラマ法王が笑いながら駆けて来るお姿が見えた。
【解説】 久しぶりに法王の登場である。そう言えば、シーズーの先祖はチベット犬(ラサ・アプソ)。東京の昨今の蒸し暑さは、毛深いブースケにはさぞ厳しいことだろう。





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