2005年9月


1日●碁会所へ行く
料亭のような雰囲気が漂う、純和風の建物。ここは碁会所らしい。私は夫と息子と一緒にこの建物に入って行く。入り口にDVDの貸し出しコーナーがあったので、その中の1本を借りた。それは盤上の星(黒い点がついている9箇所のこと)の活用法に関するDVDだったようだ。私たちは建物の奥へと進んだ。そこは大きな和室だが、衝立(ついたて)で何箇所かに区切られている。私たちがあてがわれたのは、そのうちの角の一区画で、背後には中庭もあってなかなか風流だ。すぐ横にしつらえられたプレーヤーを使い、借りたばかりのDVDを早速鑑賞しはじめた。だが音声が他の客の迷惑になる上、さほど面白い内容ではなかったので、1分も経たずにプレーヤーを停止した。そのあと夫と私が対戦した。しかし夫は碁を全く知らないので、いちいち打ち方を教えなければならない。時間がかかり過ぎるので夫との対戦は中断し、今度は息子から碁を教わることにした。私は先刻から、天元(碁盤中央の星)以外の8つの星の使い方が気になっている。そのことについて質問すると、息子は論理的に説明してくれた。しかしそのうちに質問が込み入ってくると、息子も「うーん、それは俺にもわからないなぁ」と言った。私は心の中で(父が生きてるうちに本格的に碁を勉強しておけば良かった)と思っている。
【解説】 自分自身が碁を打っている夢は、記憶している限りこれが生まれて初めてではないだろうか。昨年亡くなった父は関西棋院の長野支部長を長年務めたほど碁が強かったが、私は父からきちんと碁を教わったことがない。今夜の夢の中で私はそのことを残念に思っているようだった。現実世界に戻ってみれば、私は昔も今も碁を習いたいと強く願ったことはないし、また自分に向いているとも思えない。だが時折り、実生活で何らかの問題に遭遇したときなど、(こんなとき棋士ならどういう発想をするだろう)と思うことはある。ちなみに我が家では息子が多少碁を嗜むほかは、囲碁界とは縁遠い人ばかりである。



2日●草原を駆ける
草原。駆け抜ける。疾風。何かを殺さなくてはならない。野生の生き物。……そのようなイメージが夢の中で断片的に続いた後、私は見知らぬ部屋の中にいた。山のバンガローのような雰囲気の木造の建物。2段ベッド。娘がやって来て、私に何かを促した。頷く私。再びイメージは草原に戻って行く。風のように駆ける。草の匂い。照りつける太陽。私は猛獣だ。
【解説】 実際にはもっと具体的なストーリーのある夢だったような気がするが、起きてみるとイメージしか残っていない。おそらく私はチーターかピューマのような足の速い猛獣で、何かを追って全力で駆けていたのかも知れない。



3日●……
夢は間違いなく見たのだが、その内容を思い出せない。
【解説】 愛犬のブースケ(シーズー、♂、2歳9ヶ月)に数日前から“盛り”がついてしまい、昼夜を問わずパンダ(チン、♀、1歳9ヶ月)のあとを追い掛け回している。昨夜は特にそれがひどく、あまりの騒々しさに私はほとんど眠れなかった。「犬だけ別の部屋に寝かせたら?」と言われてしまうかも知れないが、パンダはブースケの行動を大変迷惑がっており(笑)、人間に守ってもらうため寝室に入ってくるのだ。というわけで、今夜はとんでもなく寝不足気味な私です。明日は少し沈静化してくれると良いのですが。



4日●不満の多い研修生
私は教師、あるいはそれに類する職業に従事しているらしい。アメリカからやって来る研修生を受け入れることになった。受け入れ担当者は私と、もうひとりの日本人(顔が見えないため性別、年齢ともに不明)。当日、やって来たのは引率の女性教師と、小学校高学年の児童数人である。この人たちは非常に感じが悪い。最初からツンケンしていて挨拶もせず、何が気に入らないのか不平不満ばかり言っているのだ。彼らの宿は旅館なのかホームステイなのか定かではないが、古く狭い日本家屋の2階らしい。狭く急勾配な階段が、いかにも暗く陰気な感じだ。女教師が高飛車な態度で、スケジュールの書かれた紙を突き出した。驚いたことに、彼らが立てた予定によれば日本滞在はわずか3日間で、その間に東京、京都は言うに及ばず、大阪、広島、北海道、九州、四国なども回ることになっている。こんなスケジュールが実現できるわけがない。私は驚いて、スケジュールを組みなおすために旅行代理店(?)に電話をしている。そのあと私たちは、ジャングルのようなところを自動車で走っていた。自動車はジープに似た形のかなり大型の車で、屋根(幌)はない。最前列にもうひとりの先生と私が並んで座り(ふたりが交替で運転するらしい)、後方の2列の座席には女教師と児童全員が座った。ジャングルを走っている間も、彼らは間断なく不平不満を並べ立て、眉をひそめて険しい顔をしている。この人たちには、どんな善意も通じないのかも知れない。私は次第に彼らと一緒にいるのが苦痛になってきた。心の中で(早く本国に帰ってくれないかな)と思っているところで目が覚めた
【解説】 実際には、もっと色々なところへ彼らと旅をしたような気もするのだが、詳細は思い出せない。現実世界に戻れば、これまでに私は多くの留学生の御世話をして来たが、その多くは前向きでやる気満々な人ばかりだった。例外的にひとりだけ、行動にかなり問題のある子を世話したことがあるが、それは20年以上も昔のことである。今日の夢が何を意味しているのか、今のところ全く心当たりはない。昨夜もブースケがかなりうるさかったので、それで悪夢を見たのかも知れない。



5日●一周忌
見覚えのないスケジュール帳。表紙が見えないので何年版かわからないが、どうやら未来のいずれかの年に私が使うことになっているノートらしい。向かって右側のぺージには8月の全体スケジュールが見える。8月23日のところに私自身の筆跡で「一周忌」と記してあった。はて、誰の一周忌だったろう。思い出そうとするが、8月23日に亡くなった人は思い当たらない。そこで私は(やはり、これは未来のスケジュール帳なのだろう)と再確認した。
【解説】 未来のスケジュール帳を見ている夢。私自身の筆跡で「一周忌」と書かれていたのだから、亡くなった人は私以外の誰かなのだろう。このノートには他にも色々なことが書かれていたような気がするが、例によって昨夜もブースケがうるさく夜中に何度も起こされてしまったため、記憶の断片しか残っていない。



6日●完全犯罪
勾配のある長い道。道の始まりと終わりは高く、道の真ん中が谷のように低くなっている。いちばん低くなった坂の下を“誰か”が歩いている。“誰か”は向こうを向いており、私からはその後ろ姿だけが見えるのだが、おそらく傘をさした女性だったような気がする。私は道のいちばん高いところにおり、オーストラリア留学時代にホームステイした先のホスト・ダディと一緒だ。ダディは高齢で脚が悪いらしく、私が肩を貸さないと歩くことは出来ない。しかし顔色はパッと陽がさしたように明るく、私たちは顔を見合わせて楽しげに笑っている。私はホスト・ダディを支えたまま駆けて、後ろ姿の“誰か”を追い越し、道の反対側の終わりまで行くつもりらしい。その際、何か法律に触れること(或いは人間としてあるまじき行為)をしようと思う。後ろ姿の“誰か”に私の犯罪がバレない手立ては、既に考えてある。我ながらとんでもなく知的な完全犯罪だと思う。私はその方法をダディには話していない。ダディに余計な心配をかけたくないからだ。しかしそのあとで、(こんな犯罪計画を夢日記に書いてしまって良いのだろうか。若い人たちがマネをしたら問題だ)と、一瞬だけ逡巡する。その後、計画どおりに犯罪を行なったのかどうか定かではないが、私は無事に“誰か”を追い越し、道のずっと先まで到達することが出来た。ダディの幸福そうな笑顔が印象的だった。
【解説】 夢の中で、何かとんでもなく素晴らしい完全犯罪を思いついたらしいのだが、目が覚めた瞬間にその内容を忘れてしまった(小説のネタに出来たかも知れないのに。残念っ(笑))。何か知的な謀略ゲームの一種だったことは間違いないのだが。なお、夢に現われたホスト・ダディは昨年他界し、もうこの世にはいない。



7日●人の心を覗ける万華鏡
知人のOさんの娘であるK子さんが、インターネットの匿名掲示板に何か悪質な書き込みをしたらしい。私はそのことを複数の友人から電話やメールで知らされた。小さな万華鏡のような装置があって、それを覗くと人の心の中がすべて見えてしまう。中を覗いてみると、「しずか」というハンドルネームでパソコンに向かっているK子さんの姿が見えた。その万華鏡は、秋葉原あたりなら1万円程度で買えるらしい。面白いので早速2個購入し、うち1個はホームページの読者さんにプレゼントすることにした。私のすぐ隣には弁護士のSさんがいて、「それにしても、あんなに騒々しい女性の名前が“しずか”とは、世の中おかしなものですね。掲示板への書き込み内容は明らかに民法に違反していますから、民事訴訟を起こしましょうか」と怒ったように言う。私はSさんを制しながら、「きっとK子さんは今、混乱しているんですよ。訴訟を起こすのは、もう少し様子を見てからでも遅くないのではありませんか」と答えた。そのあと、大勢の親しい友人と一緒に爽やかな草原へ行き、「K子さんは自分のなさっていることがお父様の顔に泥を塗っていることに気づいていないのでしょうね」、「人生のどこかで真実に目覚めることが出来ればいいのだけれど」などと会話を交わしながら、草の上に横になってのびのびとヨーガのレッスンをしている。
【解説】 こうしてストーリーをまとめてみると、何やら意味不明かつ不穏な夢なのだが、その中で、私自身は終始穏やかな気持ちでその出来事を見守っているようだった。最後のヨーガの場面は、夢の中とは言え全身の凝りがスーッと取れてゆく感じで、非常に爽快だった。目覚めもすっきりとして、まるで現実にヨーガのレッスンを受けた後のようだった。



8日●超能力紳士
大英帝国図書館のような仰々しい建物の内部。私は大理石の床の上に立ったまま、書架に置かれた真新しい百科事典のページを開いた。そこに書かれた文章(もちろん英文)の一言一句を校閲するのが私の仕事らしい。目を皿のようにして間違いを探している。何ページかめくったところで、不意に日本語の項目が現われた。なんとそれは私の昨日(7日)の夢日記ではないか。驚いていると、すぐ脇で何かの気配がした。顔を上げてみると、いかにも英国紳士といった風貌の燕尾服の老人が、ステッキを手にして立ち、私の顔をじっと見ている。それは微笑んでいるようにも無表情にも見える不思議な顔で、俗世の常識を超えたオーラのようなものを発しているように見えた。老人は私が見ていたページを覗き込むと、「知人のOさんの娘であるK子さん」という部分を指しながら、“No. Shizuka is not K. It's her sister.(違う。しずかはKではない。Kの姉(または妹)だ)”と言った。唖然としながら紳士の顔を見ると、紳士の眼鏡のガラス部分に、見たことのない醜い老婆と、男性(雰囲気からして彼女の不倫相手らしい)、それに墓標が写った。紳士は抑揚のない声で“She'll turn into this old woman in near future.(彼女は近い将来、この老婆に姿を変えるのだ)”と言う。「では、この墓標も彼女のものなのですか? 8月23日は彼女の命日ですか?」と聞こうとしたところで、唐突に夢は終わった。
【解説】 ここ数日のあいだに立て続けに見た不思議な夢は、単なる夢というよりは、非常に強い力を持った超能力者のような誰かが、私の夢に対して送ってくれた「情報」のような気がしてならない。そう思うことに理屈は全くないのだが、これらの夢は普段の夢とは明らかに「出どころ」というか「バイブレーション」が違っていたように思うのだ。他人の夢に入り込んだり、あるいは他人が夢に現われて何らかのメッセージを送信(受信)することは、(ある限られた種類の人々のあいだで)十分にあり得る気がする。



9日●キューレーターと洗濯物
海外の草原のような場所。山の斜面を利用して(?)、極端に細長い建物が建てられている。内部に入ってみると、かなり強い傾斜のある通路が真ん中に一本長く延びていて、通路を隔てた右側は椅子席、左側にはさまざまな販売物が展示されていたような気がする。それら販売物の中には、魔法のランプや巨大な唐辛子など、不思議なものも混ざっていたようだ。今は何かのフェア(お祭り)なのかも知れない。私は家族全員と一緒にいるようだ。夫がここを次回の個展会場として使おうとしているのかも知れない。すぐそばに白人の男女がいて、女性はいかにも美術館のキューレーター風の50代半ばの知的なキャリアウーマン。男性もキューレーター風だが、女性のほうが「動」のイメージなのに比べて、この男性にはむしろ研究者的な「静」のイメージがある。女性が何か専門的なことを説明している。気がつくと私たちは建物から外に出て、ホテルの一室(?)またはその近くにいた。周囲に見える風景は一面の草原だ。ススキに似た植物が一面に揺れている。あれはきっとサトウキビだろう。ひと気はなく、季節は秋らしい。白人の男女は消えて、家族だけが残っていた。私は皆より一足先に家に帰ろうとしている。ただし、ここで言う「家」は、現実世界に暮らしている東京の家ではなく、どこか全く別の場所を示しているような気がする。私はまだその場所に馴染んでいない。家までは電車に乗って行こうと思っているのだが、今から電車の出発までは数分しか残っていないという。息子が「次の電車にしたほうがいいぞ」と言っている。私は洗濯物を持ち帰って家で洗おうとしているらしい。さまざまな色彩の洗濯物が見えるのだが、その中でとりわけ「緑色のTシャツ」が鮮明に見えた。最初は大量に見えた洗濯物だが、娘に手伝ってもらってきちんと畳むと、バックパックに収まってしまうほどの少量に過ぎなかった。きちんとまとめると、こんなにも軽量化できるのかと感心する。私は早く家に帰って、これらの洗濯物をすべて手洗いしようと思っている。
【解説】 現実にも、今週は六本木でアメリカ人のキューレーターと会見したり、東京アメリカンクラブのミーティングでアート関係の人々(全員アメリカ人)に会ったり、Mビルの美術館関係者に会ったりしていた。それらのことが今夜の夢には反映しているようだ。また、サトウキビの揺れる風景は、この夏家族と一緒に旅したオーストラリアのクイーンズランド北部を髣髴させるものだった。最後に現われた「新しい家のイメージ」は謎だが、大体において私はいわゆる“農耕民族”のメンタリティーを持ち合わせていないので、一ヶ所に長く留まることは苦手だ。これまでも騎馬民族のように「神出鬼没な人生」(=これが自分にとって一番自然な生き方である)を送ってきたわけだから、いつまた急に新しい場所を見つけないとも限らない。そのことを夢が私に教えてくれたのかも知れない。また「洗濯物」というアイテムは、自己流の解釈だが、解決すべき「問題」や「課題」を意味しているのではないかと感じた。私が抱えている洗濯物(=問題)は微々たるもので、機械を使わずに手洗いできる程度なのだから、さっさと洗って(=解決して)しまいなさいという暗示のように私には思えた。現在の私は、特に問題らしい問題は抱えていないのだが、強いて言えば『ロスト・オフィサー』の英語版を誰に翻訳していただくかを今月中に決めなくてはならず、それが差し迫った問題であると言えば言えるかも知れない。「真美さん自身で翻訳なさったらいかがですか?」とも言われるのだが、翻訳は専門的な作業だからプロに任せたほうが圧倒的に早い。また私自身は次の本の執筆に忙しく、翻訳をしている時間がない。今夜の夢のイメージからして、これは直感だが、近々素晴らしい翻訳者に巡り逢えるような気がする。



10日●老婆の元不倫相手
目の前に膨大な量の紙が積んである。それらは全て英語の資料だ。何か戦争に関係のある秘密資料かも知れない。私は何時間もかけてそれらを熟読している。ひどく疲れる作業。ふと人の気配を感じて視線を動かすと、その先には見覚えのある男性が立っていた。なんとそれは、一昨日の夢の中で醜い老婆の隣にいた男性ではないか。一体私に何の用事があるのだろう。男性は、私が何か言う前に、「E子とは別れましたから」と言った。どうやら「E子」というのが例の老婆の名前らしい。男の真意がわからず私が更に沈黙していると、彼はサバサバとした口調で「そっちは今、まだ平成17年でしょ。こっちは未来ですから。あの女と別れた理由ですか? もっと好きな女ができましてね」と告げた。男の横には、新しい恋人なのだろう、40前後のすらりとした女性が立っていた。年齢差というハンデを差し引いて考えても、老婆とは比較にならない美人である。そのあと男は私に名刺を差し出した。そこには男のフルネームが印刷されていた。
【解説】 またしても、ここ数日のあいだに飛び飛びに見ている一連の「奇妙な夢」の続編である。一昨日の夢では老婆のほうに気を取られ、男性の姿をよく観察しなかったのだが、今夜の夢では彼の顔立ちはおろか、フルネームまでが判明してしまった。その名前をここに書くことは控えるが、なんとも言えないリアリティーを伴った、奇奇怪怪な夢だったことは確かである。



11日●Mさんとの散歩
ゆるやかな山道を、高校生のMさんと手を繋いで歩いている。明るい会話。私は宇野千代さんデザインの紫色の着物を着ている。山の向こうから、眼鏡をかけた初老の男性が現われた。見るからに社会的地位の高そうな風貌の男性(与党の代議士のような気もする)で、Mさんの知り合いらしい。私たちは軽く会釈を交わしてすれ違った。翌日、Mさんから手紙が届いた。そこには、「自分たちが手を繋いで歩いていたところを○○氏(山ですれ違った男性)に見られたので、おかしな誤解をされたかも知れない。そこで○○氏に釈明の手紙を出そうと思う。草案を2つ書いたので、どちらの手紙を投函すべきか決めてください」という意味のことが書かれていた。大きなカードが2枚同封されており、それぞれには異なる内容のメッセージが書かれている。私は笑いながら、「○○さんはそんな誤解をするほど子どもではないと思いますよ。万が一誤解をするようなら、それは彼の幼児性の証明に過ぎないでしょう。いずれにしても、心配はご無用」とMさんに返事をした。場面が変わって、プラネタリウムにも博物館にもホテルにも見える不思議な建物。私のすぐそばには娘(あるいは親しい女友達)がいるようだ。建物内部のたくさんの部屋を見て歩いたあと、最後の部屋のドアの前に立った。そっとドアを開けてみると、中は教室のような作りの部屋だ。30〜40席の椅子には大勢の生徒(ただし全員大人)がこちらに背を向けて座っている。教壇には老紳士が立ち、穏やかな口調でレクチャーをしている。私と一緒にいた女性は、教室の中を通って足早に反対側のドアへと抜け、あっと言う間に外に出て行った。私は授業の邪魔をしないため、部屋には入らないことを決めた。そのあと、どこか別の場所が夢に現われたような気がするのだが、それがどこだったのかは思い出すことが出来ない。
【解説】 Mさんは実在する男子高校生で、私の本の熱心な読者さん。散歩している雰囲気は、『青い山脈』(石坂洋次郎原作の昭和20年代の青春小説)を髣髴させる爽やかなものだった。山ですれ違った男性は実在の人物ではないが、イメージとしては「古臭い日本」の象徴のように思われた。なお、宇野千代さん作の着物を私は残念ながら1枚も持っていないのだが、夢の中で着ていた着物は、我ながら驚くほど自分に似合っていた。最後の場面で、授業の邪魔になることを恐れ教室に入らなかった決断は、私自身のよく言えば「礼儀正しさ」、悪く言えば「保守性」を意味しているような気がしないでもない。私は今以上に自己改革を進めるべきなのだろうか?



12日●大型戦闘機を操縦するジョン・ブラウン氏
空を飛ぶ2機の飛行機。1機は大型の戦闘機で、もう1機の小型戦闘機がそれを先導している。どうやらここはシドニー上空らしい。私はその風景を見ているのだが、自分自身が上空にいるのか地上にいるのか、地上にいるとして徒歩なのか自動車の中なのか、細かな状況はまるでわからない。ただ、戦闘機が凄まじいスピードで飛んでいることと、そのコースが尋常でないことだけはわかる。何らかの異常を起こした大型戦闘機を不時着させるべく、小型戦闘機がぴったりと前について先導しているといった感じだ。私の眼下に高速道路が見えてきたから、少なくともこの段階では私も上空にいるらしい。小型戦闘機がいきなり左に急旋回した。大型戦闘機もそれに倣って左へ旋回する。私も遅れをとらぬよう必死でそれを追う。すぐそこに小さな飛行場が見えている。滑走路は1本しかない。まずは小型戦闘機が恐ろしいスピードのまま着陸した。しかし滑走路が1本しかないので、このあとに大型戦闘機が着陸すると小型戦闘機に激突してしまう可能性がある。それを回避するため、小型戦闘機はランディングと同時に左にそれて緑地帯の中へ突っ込み、そこで無事に急停止した。そのすぐあとに大型戦闘機が着陸。機体は滑走路を猛スピードで直進し、最後の最後のギリギリのところでようやく停止することが出来た。私はほっとして大型飛行機のほうへ駆け寄った。私がそこへたどり着いたとき、大型戦闘機のパイロットは既に外に出て、コーラをラッパ飲みしていた。近くには小型戦闘機のパイロットらしき男性、そのほか関係者が1〜2人いるようだ。大型戦闘機を操縦していた男は、身長190〜195センチ、体重120〜130キロ(推定)。髪が薄くおなかがぶよぶよした、いかにも冴えない中年男である。あれほど高度な操縦テクニックを持ったパイロットが、こんな田舎っぽいオジサンであったとは意外だ。彼の胸に付けられたネームプレートには、「ジョン・ブラウン」という恐ろしく平凡な名前が書かれている。それを見た誰かが、「珍しい名前だね。どういう由来なの」などと聞いている。聞かれたパイロットは得々としながら、「私の祖父母はアイルランドの王族の末裔で……」と名前の由来を語り始めた。私は呆れながら、心の中で(ジョン・ブラウンという名前のどこが珍しいの? それに、全然アイルランド系の名前じゃないし)と思っている。
【解説】 またしても意味のわからない夢だった。西洋で「ジョン・ブラウン」と言えば、日本の「山田太郎」同様ひどくありきたりの(と言うか、それ自体が冗談のネタに使われる種類の)名前だ。ちなみに、日本語で「ごんべえさんの赤ちゃん風邪ひいた」と歌われている曲があるが、この元歌の歌詞は、「ジョン・ブラウンの赤ちゃん風邪ひいた(John Brown's baby caught a cold upon his chest.)」である。



13日●仔犬とヒヨコ
どこか遠いところにある海岸。そこで、親のない1匹の仔犬と、1羽のヒヨコが一緒に暮らしている。私はその風景を、私にしか見えないテレビ画面のようなもので見守っているのだが、その映像は電波ではなくテレパシーによって投影されるらしい。仔犬は、おそらく生後3〜4ヶ月だろうか。足が短く、鼻ぺちゃで、白と茶色の混じった毛色はどこかブースケに似ている。ヒヨコは少し言葉を喋れるらしい。ときどき何か短いお話をしたり、歌を歌って仔犬に聞かせている。そして夜になると、ヒヨコは仔犬のおなかの下に潜り込んで暖めてもらいながら眠るのだ。遠くにいる仔犬とヒヨコをテレビ画面で毎日見続けるうちに、次第に彼らが自分の家族のように思えてきた。ある日、仔犬は長い旅に出ることを決意した。よくわからないが、どうも仔犬は私のもとを目指しているらしい。こちらから迎えに行ってやりたいのだが、夢の世界にもルールがあって、私はそうしてやることが出来ない。また、仔犬の居場所も私は知らない。仔犬とヒヨコが一生懸命に歩いている姿は、それから長いことテレビ画面に映っていた。彼らはずっと波打ち際を歩いている。どこまで行っても風景は変わらず、彼らのほかに命の影は見えない。ある日の朝、気がつくと仔犬は力尽きて死んでいた。海岸に倒れたまま冷たくなった仔犬のおなかの下では、やはり力尽きたヒヨコが冷たくなっていた。
【解説】 夢の中で仔犬とヒヨコの死体を見た瞬間、弾かれたように目が覚めた。死んだ犬がどことなくブースケに似ていたからだ。急いで周囲を見回すと、私の枕に頭を乗せたまま小さくいびきをかきながら眠っているブースケがいた。それを見てようやくほっとしたのだが、夢の中で一生懸命に歩いていた仔犬は、言葉では言い表わせないほど可哀そうだった。そう言えば今夜の夢に現われたヒヨコは、小学校の低学年のときに家で飼っていた「ヒヨシ」という名のヒヨコと似ていたような気もする。



14日●父に結婚の相談をする娘
娘(LiA)に結婚したい相手が現われたらしい。娘はその件で祖父(私の父)のもとへ相談に出かけた。話を聞くと父は頷いて、「その相手は、なかなかいい選択じゃないか。問題は、タイミングだけだな」と答えた。ほんの一瞬、娘の結婚相手が見えたのだが、その人はどことなく息子(NASA)と外見が似ていた。
【解説】 この前後にも何かストーリーがあったようだが、残念ながら思い出せない。なお、私の父は昨年の11月に亡くなっているが、今夜の夢の中では60代前半の元気な姿のままだった。


15日●知的好奇心をくすぐる小部屋
正方形の中庭を囲むように作られた回廊。黒光りした廊下。黒っぽいガラス(あるいは半透明の壁)に遮られて中庭はよく見えないが、回廊の外側にはさらに何本かの廊下が長く伸びており、その周辺にはたくさんの小部屋がある。それぞれの部屋には、これまで一度も見たことのないもの、ドキドキするようなもの、知的好奇心をくすぐるものがたくさん置かれている(ただし、それが何なのかは全くわからない)。私は心の中で(世界には、こんな素晴らしいものがあったのか!)と感動している。すぐ近くに女友達が2人いるようだが、彼女たちの姿は見えない。(今日から生まれ変わろう)と私は思った。
【解説】 具体的なものが見えないにもかかわらず、非常に楽しくわくわくする夢。そこには「未来への希望」のようなものが詰まっていた。



16日●別れたら次の人
聞き覚えのある曲がどこかから聞こえる。「別れた人に会った、別れた渋谷で会った」という歌詞を聞きながら、(これを歌っていたのは、確か女性ひとりと男性複数名から成るグループだったけれど、何という名前だったかしら?)と、アーティストの名前を思い出そうとしている私。目の前には縦3〜4メートル、横5〜6メートル程度のサザエのような形の物体が置かれている。それは宇宙船のようにも見える不思議な建築物(あるいは宇宙船そのものかも知れない)で、内部は四次元空間になっており、複数の時間軸が同時に存在しているらしい。「その“同時”という概念自体も、実は存在しないのですよ」と誰かから注意された。宇宙船の中はいくつものセル(小部屋)に分かれており、セルの向こう側とこちら側から互いに球形に張り出した壁が交じり合った部分は、共通集合になっていて、そこは過去でもなく未来でもないという。その部分は時間の概念から完全に開放された領域らしい。しんと静まり返った中に、さきほどの曲の最後の部分が聞こえた。「別れても好きな人」であるべきはずの歌詞は、何故か「別れたら次の人」になっていた。
【解説】 私の夢にはときどき宇宙船が現われるが、今夜の夢に登場した宇宙船は今までの中で圧倒的にいちばん小さく、また形状もユニークだった。しかし人間が乗って旅をするにはセルが小さすぎる。これは物体の移動装置というよりは、むしろ時間という概念を超えるために設計された一種のタイムマシーンだったのかも知れない。なお、夢のBGMにずっと流れていた曲は、ロス・インディオス&シルヴィアが歌った「別れても好きな人」(佐々木勉・詞)だそうです。



17日●変化したい少年
乗り物のようにも建物のようにも見える物体。その前に、高校生らしき若い男性(顔はよく見えない)が立っている。一緒にいるのは私と、もうひとりの女性(この人の顔もよく見えない)だ。少年は、現状を変えたいと思っている。その方法は引越しからも知れないし、留学、あるいはそれ以外の方法かも知れない。私は少年にとってのメンターのような存在らしい。変化したい少年を応援するため、私はいくつかの策を授けている。
【解説】 実際にはもっと詳しい内容のある夢だったような気もするが、覚えているのはこの部分だけである。まるで舞台の大道具のようにそこに置かれていた「乗り物のようにも建物のようにも見える物体」は、昨夜の夢に登場した宇宙船とどこか似ていた。



18日●懐かしい人との二度目の別れ
4〜5階建てのアパートのような建物。雰囲気としては、寮または簡易宿舎のような「短期の宿泊所」を思わせる。私はそこに滞在しているらしい。近くに大きな講堂があって、そこで何日間か大きな会議が開かれているようだ。おそらく私も出席者のひとりなのだと思われる。その講堂で、私はとても懐かしい人に再会した。顔を見た瞬間、懐かしさのあまり呼吸が止まりそうになった。先方も同じように驚いている。私たちは2言3言、何か短い言葉を交わしたようだが、何を話したのかは覚えていない。その人は、あとで私のもとを訪れると言った。私たちは時間を約束し、その場は一旦別れた。宿舎の部屋でひとりになった私は、その人との再会を改めて驚いている。最後にその人と逢ったのは、一体いつのことだったろう。この人と私は、過去に一度お別れを言ったことがあるのだ。遠い昔を指折り数えてみる。やがて、再会を約束した時間になった。しかしこのときになって、その人から「やはり貴女とこれ以上お逢いすることは出来ない」という旨の連絡が来た(その連絡方法は手紙だったような気がするが、よくわからない)。そこには、会えなくなった理由が丁寧に綴られていたような気がするが、そのすべてを読むまでもなく、私は早くも(この人に会うことは、もう二度とないのだ)と諦観している。二度目の別れを目の前にして、「もう逢えない」という言葉が持つ身を切るような淋しさに、私は表情ひとつ変えず淡々と耐えている。
【解説】 詳しいことは覚えていないのだが、夢の中で会った人は太古から知っている懐かしい人で、しかし二度と逢うことはない相手なのだという気がした。それが誰なのかは全くの謎。それにしても、現実世界における私は「過去を懐かしむ」ことが非常に少ない人間だと思うが、夢の中にはしばしば「懐かしい感情を溢れさせている自分」が登場する。これは誠に興味深い現象だと思う。おそらく本来の私は、人一倍過去を懐かしがりたがる人間で、しかし現実世界の中でそうすることがどれほど空しい行為であるかを知り尽くしており、現世を生きてゆくための知恵として、「懐かしさ」という感情を普段は封じ込めているのかも知れない。それが夢の中では自分本来の感情に戻っているのだとすれば、夢とは何と正直で示唆的なものであることか。



19日●“噛む”アナウンサー
朝の軽い情報番組。男女のアナウンサーが並んで立ち、お気軽なトークを交えながら芸能ニュースを伝えている。ふたりとも見たことのない顔だ。若い女性アナウンサーが、宮家に関するニュースを伝え始めた。それは聞いたことのない宮家で、どうやら「たかすの宮」とか「たかせの宮」というような響きの名前らしいのだが、彼女はそれをどうしても正しく発音することができない。何度も、「たかsgsjの宮」とか「たかskrtの宮」などと“噛んで”しまっている。そのうち、彼女の発音の中に何か不適切な言葉が含まれてしまったらしい。画面に向かって右側に立つ男性アナが、魔法の杖のようなもので画面をなぞると、彼女がしゃべった言葉が「×××」と伏字のような音声になり、視聴者には聞こえなくなった。男性アナが使った杖のようなものは、報道の新兵器なのか。(発語と同時にその言葉の危険性を察知し音声を変えてしまえるとは、面白い時代になったものだ)と私は思った。
【解説】 ストーリー的には5秒程度の夢。アナウンサーは見たことのない顔で、「たか○の宮」も実在しない宮家である。女性アナウンサーが口にした不適切な表現が何だったのか、それも思い出せない。



20日●ニーナへのお土産
ノルウェー人のニーナの家へ久々に遊びに来ている。彼女には3人の子どもがいたはずだが、今日は姿が見えない。今はまだ真昼で、彼らは学校に行っているのだろう。うちの息子と同級だった上の子は、今では高校生。下のふたりは中学生と小学生になっているはずだ。眼鏡をかけた優しそうな旦那さんも、この時間帯は会社で働いているのだろう。折角久しぶりに逢ったというのに、ニーナと私はお喋りをするわけでもなく、別々のことをしている。ニーナは昼食の準備をしており、しかもどうやら日本の蕎麦を茹でているようなのだ。私は鞄を開けて、その中身を床の上に広げている。ニーナとその家族へのお土産を持って来なかったことを後悔しているのだ。かろうじてお土産に使えそうなものは箸ぐらいだが、それとても塗りの箸ではなく、やや高級な割り箸しか持ち合わせがない。綺麗なラッピングを施し、どうにかこれを土産物として活用することにした。大人への土産はそれで良いとして、問題は、3人の子ども達へのプレゼントだ。荷物の中に、未使用のバインダーが入っていた。開くと内側に財布や鏡、ノートなどがコンパクトに収まった不思議なバインダーだ。デザインは古臭く、インドのバザールで見かける民芸品を思わせる。これを上の子にあげることにしよう。真ん中の子へのお土産もどうにか見つかった(但しそれが何であったかは思い出せない)。一番下の女の子が喜びそうなオモチャの持ち合わせがあったはずだと思い、床の上を見回すと、驚いたことに、そこに座っていた白人の小さな女の子が既にそのオモチャで遊んでいるではないか。それは白いウサギのぬいぐるみだったような気がするが、あるいは全く別の何かかも知れない。床に座っている女の子は、いつからそこにいたのか私の荷物からオモチャを取り出し、勝手に包みを開けてしまったらしい。しかもその白人の子は、どうやら私の子ども(あるいは孫)らしいのだ。私は女の子に向かって、「あらあら、そのオモチャを開けちゃったの? 困った子ちゃんですね」とノルウェー語で呼びかけた。
【解説】 外国の友達を訪問したというのに、土産物の持ち合わせがなく困惑している夢。しかも久々に訪ねた友人の家だというのに、特に会話もなく、といって喧嘩をしているわけでもなく、それぞれ淡々と自分の仕事をしていたのも奇妙な話である。夢に登場した“土産物”が割り箸だったり、ありあわせの文房具やオモチャだったのも不可解だ。ニーナはニューデリー時代に仲良くしていた女友達のひとり。現在は家族とノルウェーに住んでいるはずだ。そう言えば以前にも彼女の夢を見たことがあるように思い、調べたところ、そのことは「週刊マミ自身」第37号(2002年1月18日号)に書かれていた(その内容はこちらからご覧くいただけます)。なお、現実世界ではノルウェー語を一度も習ったことのない私だが、今夜の夢の中ではかなり流暢に話していた。


21日●演説する李さん
韓国人の李さんが演説をしている。彼が話しているのは、韓国語とも日本語とも違う、しかしどことなく東アジア風の言葉だ。李さんの演説が佳境に入ってきた頃、誰かから大量の芋の天婦羅が差し入れられた。
【解説】 李さんはニューデリー時代に家族で親しくしていた韓国人ビジネスマン。昨夜の夢に登場したニーナと言い、今夜の李さんと言い、最近は音信不通になっているインドつながりの友達だ。ふたりが連続して夢に登場したことに、一体どういう意味があるのだろう。なお、李さんが話していた言葉は、この世には実在しないオリジナル言語だったような気がする。

【後日談】 この夢を見た2〜3時間後、同じビルの別のフロアに住んでいる義姉が「差し入れよ」と言って芋の天婦羅を持って来たのには驚いた。それが、夢の中で見たものと器まで同じなのである。私は天婦羅があまり好きではなく、滅多なことでは食べないし、夢に見たのもこれが初めてではないかと思う。不思議なこともあるものだ。


22日●クイズ番組の賞品
前後関係はよくわからないが、誰かがテレビのクイズ番組(?)で優勝し、賞品を獲得したようだ。その人は私の知り合いかも知れないし、そうでないかも知れない。仮に知り合いだとしても、さほど親しい関係ではないように思われる。賞品は彼の自宅宛てに送られるのかと思いきや、この世界では何故かクイズ優勝者が書類を持って然るべき場所まで出向き、本人であることを証明しない限り賞品を受理できないシステムなのだ。数枚重なったカーボン用紙のような書類を手に、彼はにこにこ笑いながらその手続きを済ませている。「昔はこんな方法で賞品の受け渡しが行なわれていたのですねえ」と、その場面を見て誰かが感心している。どうやら私たちは未来の世界からこの場面を見物していたらしい。私は頷きながら、(これは昭和のいつ頃なのだろう。こんな面倒くさい手続きを踏まなければ賞品の授受ひとつ出来なかったなんて、なんて不便な時代かしら)と思っている。
【解説】 このあと、かなり長いストーリーが続いたような気がするのだが、この部分しか思い出せない。賞品の中身が何だったのかも、最後までわからずじまいだった。ちなみに、昭和の古い時代にかつて本当にこのような賞品の受け渡しが行なわれたという話は聞いたことがない。


23日●どこかがヘンな乗り物たち
飛行機に乗っている。ジャンボジェットのような大型飛行機ではなく、おそらくDC10程度の機体ではないかと思う。乗客は、私を含め誰一人としてシートベルトを装着していない。そこへ、シートベルト装着を促すアナウンスがあったようだ。私たちは一斉にベルトを着けようとする。そころが、一見ごく普通のシートベルトに見えたその器具は、どう頑張っても右と左の金具が噛み合わない。ほかの乗客たちも、ベルトを装着できずにまごまごしている。場面が変わり、オーストラリアのハイウェイのような場所。留学中の娘に自動車を買ってやるかどうか、私は夫と相談している。目の前には白い軽自動車が見える。角のない、全体に丸っぽい形の可愛い車だ。財布を取り出して中身を見ると、自動車の代金に2ドル50セント足りなかった。しかもこの自動車は、こちらがいくら所持しているかには関係なく、所持金よりも2ドル50セント高い値段が自動的に設定されるらしいのだ。それを知った私は、娘に自動車を買うことをあっさり諦めてしまった。このほかにも、夢の最初から最後まで、長い“付けまつげ”を付けた白いワゴン車がずっと見えていたような気がする。
【解説】 覚えているのはこれらの場面だけだが、このほかにも、何かがどことなくおかしな乗り物が夢の中にたくさん登場したような気がする。昨夜は就寝前に世界中の遊園地にある“怖い絶叫系マシーン”を特集したテレビ番組を観ていたので、おそらくそれでこんな夢を見たのだろう。



24日●恐怖と恍惚の狭間
35〜40歳前後の男性教師が、16〜17歳に見える女生徒に対して暴力をふるっている。女生徒は目鼻立ちのハッキリした美少女で、肩までかかる長いおかっぱ髪が印象的だ。不思議なことに、このふたりの間に介在する感情は一種の倒錯した愛情らしい。その証拠に、男の暴力は形ばかりで、少女は全くと言ってよいほど傷ついていない。少女は怯えたふりをしているが、どこかが演技くさい。私は第三者として客観的にふたりを見ているのだが、もうすぐとてつもなく恐ろしいことが起こるような気がしてならない。私の心には、次第に爆発的な恐怖の感情が満ちてくる。しかもその恐怖は、何か非常に深い精神的なエロスをも包含したものなのだ。やがて男性教師の知人が次々に現われ、教師と一緒になって少女を苛め始めた。少女を苛める男は、いつの間にか5人にまで増えていた。少女は怯えた表情を造っているが、それは単に演技であって、実際のところ彼女は少しも恐れていないようだ。むしろ、これから5人の男達を恐怖に陥れ、闇に葬ってゆくのは少女のほうなのだ。恐怖を感じているのが少女ではなく男達のほうなのだということに、ようやく私は気づいた。いつの間にか場面が変わり、少女と5人の男達は温泉宿の一室に辿り着いていた。部屋いっぱいに3人分の布団が敷かれ、真ん中の布団には少女が、両側の布団には男性がそれぞれ横になった。残る3人の男性は、部屋の中に置かれた小さなガラスのショーケースの中にどうにか身を納めたり、部屋の隅に掘られた細長い側溝の中に身を潜めて、どうにか眠る体勢に入ったらしい。私にはわかる。少女は何かとてつもなく恐ろしいことを考えているのだ。私の胸は、恐怖と期待の入り混じった感情で爆発しそうになっている。このとき男性のひとりが、真夜中だというのに「私は家に帰ります」と言い出した。これも少女の筋書き通りだ。男は少女に誘導されているのだ。少女の美しい頬が冷酷に笑っている。男は廊下を通って、昭和初期を思わせる古い造りの玄関に出て行った。屋外に出ようとして、男はガラスの引き戸に手をかけた。その瞬間、凄まじい悲鳴が上がる。ガラスに映っていたものは、既に彼自身の顔ではなかった。縦2メートル、横1メートルほどのガラス扉一杯に膨張した男の顔は、ぐちゃぐちゃに崩れている。しかし男の身の上に本当の恐怖が訪れるのは、これからなのだ(ここでベッド脇に置いた携帯が鳴り出してしまい、私の夢は唐突に終わった)。
【解説】 携帯の電源を切っていなかったためEメールの着信音が鳴り出し、残念ながら夢はここで中断されてしまった。今夜の夢には、何かとてつもなく恐ろしく、しかもこの世のものとも思われない恍惚感が漂っていたような気がする。外に出ようとしていた男の身に、あのあと何が起こったのか。残された4人の男達はどうなるのか。出来ることなら夢の続編を見たいものだ。



25日●KG探し
誰かから頼まれてKG(幼稚園)を探してあげている。プリスクール(3歳児からの早期教育)を受けなかった子なので、英語はほとんど出来ないようだ。物静かで、先生の言うことは疑わずに鵜呑みにし、単独行動より集団行動が得意な「典型的な日本人」の子である。私はこの親子にブリティッシュ・スクールを紹介することにした。親御さんが「どうしてアメリカン・スクールじゃないんですか。出来たらアメリカのほうがいいんですけど」と質問してきたので、「この子の性格には、アメリカ式教育よりもイギリス式のほうが合っていると思いますよ。アメリカン・スクールに入れたら、この子は潰されてしまうでしょう」と答えた。親子が帰ったあと私が執筆を始めると、途端に目の前のスピーカーが勝手にONになり、けたたましい音楽が流れ始めた。手当たり次第にスイッチを押してボリュームを落とそうとするが、少しも効果がない。そこへどこからともなく姪(弟の長女)がやって来て、素早く機械を止めてくれた。「ありがとう」と声をかけると、姪はニコッと笑いながら「どういたしまして」と言って向こうの部屋へ立ち去って行った。
【解説】現実世界では、目下「バイリンガル育児」に関する本を執筆中だ。昨日はちょうど、(米国式教育と英国式教育の違いをどう説明しようか)などと思っていたところだったので、その気持ちがそのまま夢に現われたらしい。最後にけたたましく鳴り出した音楽は、どうやら目覚まし時計の音だったようだ。



26日●すべては使命のために
石の建物。おそらくヨーロッパの城ではないかと思う。恐ろしく長い廊下。すぐそばに貴族の存在を感じる。「長いこと、お疲れ様でした。貴女の努力が報われる日は、すぐそこまで来ていますよ」という低い男の声。私は心の中で、(今日まで努力してきたのは、すべては使命のためです)と思っている。この先の謁見の間で、私は長いスピーチをしなければならない。今日のスピーチは英語がいいだろう。原稿を用意してこなかったので、廊下を歩きながら頭の中で草稿を練っている。「使命」という単語を、この場合は“mission”と言うべきか、それとも“vocation”と言うべきか、迷っている私。一瞬、天使が見えたような気がした。はっとして右斜め上に目をやると、そこに大きな円形の光が在った。
【解説】 この前後にも何か不思議なストーリーがあったような気がするのだが、残念ながら詳細は思い出せない。「使命」は私が好きな言葉のひとつだ。夢の中では、その言葉の使い方について吟味していたが、単に“mission”と言うよりも、“vocation”のほうが「神のお召し」という感じで宗教的な色合いが濃くなる。このほかにも、不意に天使のようなものが見えたり、全体にキリスト教的なイメージの漂う夢だったような気がする。



27日●敗者はただ立ち去るのみ
敵対するふたりの男。或いは、敵対するふたつのグループ。今、そのうちのひとりが敗北を認めている。弱かったのは自分だ、すべては自分が悪かったのだと。そして、自分はこの場から立ち去るしかないという意味のことを、男は述べているようだ。私はその光景を見ている。しかしどう観察しても、本当に負けたのは表面上は勝ったほうの男ではないのか。真に強い男は、しかし一言も言い訳することなく静かに立ち去って行った。残った男の卑しい顔が、奇妙に歪んで見えた。
【解説】 今夜の夢にも、もっと複雑かつ具体的なストーリーがあったように思うのだが、断片的なイメージの欠片しか残っていない。これは一体、何の夢だったのだろう。マフィアの抗争のようにも、政治家の勢力争いのようにも見える内容だった。



28日●歌しりとり電報ゲーム
大勢の芸能人が列を作って並んでいるような気がする。彼らは歌の“しりとり”と電報ゲームを足して2で割ったような奇妙なゲームに興じている。と言って、誰もそれを楽しんでいる風はなく、むしろ決められた仕事を淡々とこなしている感じなのだが。気がつくと、何故か私もその列の中に入っていた。私の前は三善英史さん、私の次はボブ・サップさんによく似たニセモノらしい。このゲームの最中、私たちはそれぞれカタカナ3文字の暗号のような言葉を覚えていなくてはならない。全く意味を成さないカタカナの羅列であるため、たった3文字であるにもかかわらず私はその言葉をなかなか記憶できない。列から少し離れたところに、平浩二さんの姿が見えた。そのあと山裾の村へ行き、見知らぬ優しそうな老夫妻と逢ったような気がするが、詳しいことは忘れてしまった。
【解説】 三善英史さん・平浩二さんと言っても、おそらく40歳以下の人はご存じないかも知れない。おふたりは1972年に、『雨』(三善さん)、『バス・ストップ』(平さん)がそれぞれ大ヒットした歌手である。何故このお二方が夢に現われたのかは、全くの謎。ちなみに三善さんのプロフィールはこちら。平さんの『バス・ストップ』はこちらから視聴できます。



29日●老人と子どもだけの大学キャンパス
最初に、何かとても怖いことが起こった(但し、この部分の詳細は不明)。そのあと、気がつくと私は母校・明治学院大学のキャンパスにいた。と言っても本物のキャンパスとは全てが違っているのだが。プラタナスのような街路樹が左右に植えられた長いエントランスがあって、そこには大勢の老人と子どもが歩いている。今日はオープンキャンパスの日なのだろうか。それにしては、若い人も壮年もいないのは不思議なことだ。ここは老人と子どだけから成る世界なのかも知れない。5〜6歳の女の子が嬉しそうにおじいさんにまとわり付きながら跳ね回っている。その女の子は、たぶん私なのだ。おじいさんは優しそうな人で、手に白い大きな封筒を持っている。中には合格通知が入っているのだろうか。おじいさんは私に「暫くここで待っているんだよ」と言い残して、建物の中に消えて行った。私は少しも不安を感じず、そのへんを元気に駆け回りながらおじいさんの帰りを待っている。やがておじいさんが帰って来た。そのあとふたりがどうしたのか、よく覚えていない。
【解説】 目が覚めたとき、最初に見た怖いほうの夢の余韻がまだ残っていたらしく、背中に嫌な汗をかいていた。にもかかわらず、その部分の夢の記憶はストンと欠落している。おかしなものだ。後半の大学の場面が何を暗示しているのかは、さっぱり見当も付かない。



30日●Sphere(スフィア)
夢の中に何度も何度も「Sphere」という言葉が現われる。これは「球」を意味する英語だ。まっすぐにどこまでも続く細長い通路。ここは空港の中かも知れない。通路の中心には、まるで永遠に続いているのではないかと思われるほど長いガラスのケースがあって、その中には、直径50センチほどのクリスタルの球体が無数に展示してある。ガラスケースの両側には、これまた永遠に続くかと思われるほど長い「動く歩道」が伸びている。人影はない。私は歩道に乗って運ばれている。目に映るものは球体だけだ。それらはDNAに関係のある何からしい。私は「Sphere」の謎を知りたいと思う。
【解説】 今夜の夢は、無数の球体と、永遠に続く動く通路、そして「Sphere」という言葉で溢れ返っていた。そこに何か哲学的なメッセージが含まれているのかも知れないが、あえて理屈をつけずにそっと見ていたいような美しい世界でもあった。それにしても私の夢には球体がよく登場する。何故なのか?





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