世知辛い世の中です。ちゃぶ台をひっくり返したくなることも多々あります。腹が立ったら「それでインディア!」と開き直って、一刻も早く元気になりましょう
「一日一インディア!運動」 勝手に推進委員長 山田真美


  
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日本は小さな国だ」と言う人がいる。「狭い日本 そんなに急いでどこへ行く」という交通標語もあった。そう信じている方々に言いたい。世界には現在244の国があり、国土面積で見ると日本は大きいほうから62番目です。具体的には、英国よりも、ドイツよりも、イタリアよりも日本は大きい。世界の上位3分の1に楽々と入っているんです。つまり私たちの常識なんて、それぐらい真実からかけ離れてるかも知れないってことだ。常識を疑え。目からウロコを落とせ。
   (2017年5月5日)
 
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私は面倒くさがりだから、最近はよほど面白そうな所でないと出かけない。にもかかわらずあちこち飛び歩いているのは、実はこの世が面白いことに満ち溢れているからだと思う。面白いことを見つける。これは人生を謳歌するために必要な能力だ。若い女の子は箸が転がってもおかしいというが、まさにそれ。何もなさそうな所に面白いことを発見する力こそが人生を楽しむ秘訣であり、それこそが究極の女子力なんじゃなかろうか。
     (2017年4月30日)
 
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どんなときでも、常にオリジナルを目指している。人まねは嫌い。本の書き方も、大学での教え方も、子どもの育て方もそう。だって「書き方」も「教え方」も「育て方」も、すべては自分の生き方からしか生まれないものだと思うから。日々の地道な生き方の積み重ねだけが、結局はオリジナルを作るんだ。
    (2017年1月6日)
  
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スキのない人とかスキのないファッションという言葉がある。申し訳ないけど、私は魅力を感じないな。むしろ「スキのある人」や「ちょっと抜けた人」のほうが断然ステキだと思う。例えば「あの人って博士号持ってるのにポケモンGOで一喜一憂しているよ」みたいな。そういうスキのある女に私はなりたい。
   (2017年1月6日)
 
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嫌なことがあったら、徹底的に自分自身を磨くことにしている。これでもかっていうぐらい、次の次元にアップグレードしてしまうぐらい自分を磨く。次の次元に行ってしまえば、このあいだまで嫌だったことが実にくだらない、取るに足らないことになっているだろう。敵はあいつじゃなく自分自身なんだ。自分の無限の可能性を信じて、真剣勝負で向き合え。
   (2016年12月30日)
 
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インド人の最大の功績はゼロの発見輪廻転生の発明だと思う。これらをもってすれば他のすべてのことが一瞬にして吹き飛んでしまうほどの発想の大転換だから。このうちの「輪廻転生」は発明ではなく発見だとの意見もあろうが、そのあたりは今のところ科学的に証明できていない事柄だから、両方の意見があっても当然インディア。ちなみに若い頃の私は「発明派」だったが、年をとるに従い「発見派」に近づきつつある。
  (2016年10月14日)
 
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55年間生きてきて、ひとつ痛感していることがある。それは、いくら頭が良くても、顔がキレイでも、行動力のある人には絶対にかなわないってこと。逆に言えば、少しぐらい頭が悪くても、見た目がイマイチでも、行動力が人の倍あればこの世で頭角を現わすことは可能だ。だから絶対に「どうせ私はバカだから」「どうせブスだから」と思ってはいけなインディア! (そう思ってしまった瞬間に負け。)
  (2016年2月4日)
  
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私がまだ若かった頃、誰よりも大きな情熱と希望と驚くほどの行動力に満ちていたが、後ろ盾もお金も持たず、この世での生き方のノウハウも知らなかった。いつだって自力で道を切り拓き、傷だらけになりながらも絶対に諦めることなく今日まで生きてきた。だから私は情熱と希望と行動力に満ち溢れ、みずからのミッションに忠実に生きる若い人に共感を覚える。この2月、ハイデラバードでそういうインド人の女子大生(18歳)に出会った。彼女は幼少期から日本が大好きで、小学生時代は毎朝5時に起きて「早朝日本語クラス」に通い、日本語を身に着けたという。プネ在住の彼女は人づてに私の存在を知り、何百キロも旅してハイデラバードまでやって来た。「将来は日本で暮らしたいんです。そのためならどんな苦労も厭いません」という彼女の目は明るかった。その夢を手助けするため、私は彼女をこの夏インターンとして日本に呼び寄せることを約束した。人は誰も、いつかどこかで人生のバトンを然るべき誰かに渡さなければいけない。バトンを墓場まで持って行き、朽ち果てさせてしまうほど悲しいことはない。私は渡すべきバトンを既に何本か持っている。バトンを受け取る未来力を持つ若い人が現われたら、それがどこの国の誰であれ、進んでバトンを渡そうと決めている。情熱と希望と行動力を未来に繋いでゆくのは大人の義務と信じている。
  (2015年3月16日)
 
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とてつもなく失礼な人に会った。すべて「自分は正しく、おまえが悪い」と主張し、人として会話ができないレベル。私は一計を案じた。良識ある人々が集まる場所にその人を招き、自分は普段どおりやるべきことをやりベストを尽くしたのだ。予想どおり、その人はそこでも失礼な発言を繰り返し衆人環視のもとで自爆してくれた。私は闘いは嫌いだ。しかし時には売られた喧嘩を買わねばならないこともある。そんな時でも自分の仕事は手を抜かず、スマートに行きたいね。そして、勝負の判定は人に任せればインディア! 
   (2014年5月4日)

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とある企業の採用担当者が言っていた。「能力のない学生を試験で落とすことは簡単だ。でも、それなら我が社に就職してくれるのは誰かというと、自分達社員と同レベルの学生だけなんだよね」。そのとおりだと思う。どんな場所にも同レベルの人たちが集まる。言い換えれば、大きくても湖は湖。そこにクジラはいません。クジラになる素質のある人は、早くそのことに気づき、最初から湖ではなく大海を目指すべきです。
   (2014年3月17日)
 
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いくら高いところへ登っても降りることが出来なければ意味がない。社会的に偉くなると、登ったきり高みの見物を決め込む人が多い。しかし、それでは人の役には立てないし、日陰を作るだけだ。下のほうで困っている人がいたら瞬時に降りて行き、その人の目の高さになって一緒に解決法を考える。上に登って行く人には「智慧」を無償でシェアする義務がある。それもノブレス・オブリージュの一つだ。
  (2013年7月2日)
 
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「学生」である自分が書いた論文を「教授」の立場になって客観的に校正する。高いところから自分を俯瞰する作業。これは座禅とどこか似ている。社会のどこにいても、何をしていても、このスタンスは絶対に必要だ。常に俯瞰せよ。全体を捉えよ。
 (2013年7月2日)

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18歳のとき第一志望校に振られた。そのときは悔しかったが、今はその運命に感謝している。あのとき第一志望校に入っていたら、私は自信満々に青春を過ごし、その後の努力を怠ったかも知れない。第二志望校にしか入れなかった私は、「なにくそ」と上を向いて人生の登山を続けることができた。ン十年が過ぎ、もとは第二志望校だった母校に堂々と胸を張れる自分がいる。しかもこの春は、母校の特命教授に任命された。人生どこでどうなるかわからなインディア。大切なのは愚痴らず、自分を諦めず、どこまでも歩き続けること。
  (2013年4月7日)
 
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人生は究極のゲーム。このゲームで私が目指しているゴールは「勝利」なんかじゃない。できることなら、私は人生ゲームを「引き分け」に持っていきたいんだ。だって私が勝つためには誰かが負けなきゃならないし、私が負けるためには誰かが勝たなきゃならないだろう。どちらも趣味じゃない。人を蹴落として生きて何が楽しい。何も足さず何も引かないぐらいが、ちょうどインディア。最後の最後にちょうど「引き分け!」となってゲームの幕を引けたら最高だ。
   (2012年12月19日)
 
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29歳のとき、インドで象に乗った。その象使いのお爺さんというのが、そりゃあもう痩せ細った小さな人で、見るからにみすぼらしく、(ああ、インドではこんな高齢になっても働かなければいけないのか。気の毒なことだなあ)と思った私は通常の3倍ほどのチップを上げたのだ。しかしそのあと色々な話をしたところ、彼が27歳であることが判明。この場合、自分の人を見る目のなさを怒ったほうがインディア?(苦笑)
   (2012年10月12日)
 
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若い頃はずいぶん背伸びをして生きていた。でも、それは決して悪いことじゃなかったよ。空の星を掴もうとして思いっきり背伸びをしつづけた結果、気がつけば本当に背が伸びたみたい。「出る杭は打たれる」と言うけど、あれは間違いだと思うな。「出る」から打たれるんじゃなくて、「出足りない」から打たれるんだ。打たれたくなければ「出すぎた杭」になればインディア。
  (2012年9月12日)
 
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高校1年生の、ある夏の夜のこと。夢の中で突然英語があふれ出して止まらなくなった。このとき私は「はじめに言葉ありき」の意味を生まれて初めて理解したように思う。母語は無意識のうちに覚えてしまうため、自分がそれをどうやって体得したか思い出す術がなインディア。言葉が存在することに対してさえ無自覚でいられる。外国語が自分のものとして身に着いた瞬間、人は自分の中に在る「言葉の存在」を初めて識(し)るのではないか。
 (2012年7月12日)
 
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柴門ふみさんの著書の中に次のような一節がある。「おまえ、誰が好き?」「……マミちゃん」「おまえも? じつはオレも。じゃあおまえは?」「マミちゃん」「マミちゃん」「……マミちゃん」。好きな女子など誰一人いない男子までつられて「マミちゃん」と、答えてしまう。実は他の女の子を好きでも、自分以外の全員がマミちゃんと告白している状況では、ヒロコちゃんが好きな男子もつい、「オレも……マミちゃん」などと言ってしまう。男子は幼い上に、集団仲間意識が強いので、この場では〈マミちゃん〉と言わねばいけない気になってしまうのだ。

これって驚くほどカウラ事件そっくりなんですけど!?

「貴様、暴動に賛成か?」「……賛成」「貴様もか? じつは俺もだ。じゃあ貴様は?」「賛成」「賛成」「……賛成」。特に意見のない者までつられて「賛成」と、答えてしまう。実は暴動に反対でも、自分以外の全員が賛成と告白している状況では、反対の者もつい、「俺も……賛成」などと言ってしまう。捕虜達は戦陣訓の教えでがんじがらめになっている上に、集団仲間意識が強いので、この場では〈暴動に賛成〉と言わねばいけない気になってしまうのだ。

このメンタリティー、1944年から全然変わっていなインディア!

※参考文献『マミちゃん(仮名)だけが、なぜモテる?』(柴門ふみ, 講談社, 2009, pp8-9)
 (2012年7月12日)
 
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若かった頃、ずっと年上の人達が私を信じて大きな仕事を任せてくれた。一生懸命それらの大仕事と格闘することによって、私は成長できたのだ。今度はそろそろ私が若い人達に大きな仕事を任せようと思う。ぜひ期待に応えて欲しインディア!
 (2012年6月20日)
 
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どんなことでも「始める」のは割と簡単だ。勢いだけで出来るから。問題は「いかに終わらせるか」。結婚より離婚のほうが圧倒的に難しいと言うが、それと同じ。先の戦争もそうだった。始めたはいいが引き際が悪かったために、あのボロ負けぶりである。さて私達は今、原発問題で同じことを試されていると思うのだが……。そして今回の場合、失敗したらあとがないンディア。いま必要とされているのは、優秀なクローザーであろう。
 (2012年6月18日)
 
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オーストラリアのアボリジニ達が「あそこは神の住む聖域だから人間が入っちゃいけない」と語り伝えたウラニウム鉱山。やはり、入っちゃいけなかったんですよ。そこへ入るほどには人間の智恵と理性と技術はまだまだ成熟していない。全滅しかけてから気づいたんじゃシャレにもなりません。いいかげん悟ったほうがインディア。
(2012年6月16日 大飯原発再開決定の日に)
 
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世間さまからは自由奔放に生きていると思われているかも知れないが、私は意外にも石橋を叩いて生きている人生の命綱を常に3本は掛けている(笑)。コツとしては、実力をマックスゲージまで貯めておいて、ここぞという時に一気に勝負をかけること。そのため小さな競り合いではよく負けるが、大きな戦では一度も負けたことがない。勝負をかけるときは一気に行くのがインディア。 
 (2012年5月27日)

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12歳のとき、私は唯の一言も英語を喋れなかった。40年かかってほぼ自由自在に使えるようになった。継続は力なりってこのことだよね。けれどもベクトルを誤ったときの継続ほど怖いものはない。20年で40kgも太ってしまった人を私は知っている。その人は律儀にも毎年2kgずつ太り続け、気がつけば40kgオーバーしていたのだそうだ。ロケットの発射角度が1度間違っていれば、宇宙の果てに到達する頃には何億光年も予定からズレてしまうだろう。人生も同じ。肝に銘じておいたほうがインディア。 
  (2012年5月20日)
 
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こう見えて私はクソマジメな人間だから、約束は絶対に守るものと決めている。娘や息子との約束は一度も破ったことがない。ブースケ(犬)との約束も破ったことがない。「お散歩に連れて行くよ」みたいな言葉、ブースケは100%信じて待っているからね、裏切れなインディア! 子どもの頃に自分自身と交わした「将来は作家になる!」「英語を自由自在に使いこなせる人になる!」って約束も、何が何でも死守したよ。今は「博士論文を書く」と心に決めた、その、自分との約束に忠実に生きているんだよね。
  (2012年4月26日)

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タイムマシンで一度だけ過去に連れて行ってもらえるとしたら、行きたい過去が二つある私はかなり迷うだろう。一つは空海の幼少時代。もう一つはカウラ事件発生当夜のカウラ収容所。このうち一つだけを選ぶなんて絶対に無理。両方とも行きたい。……と悶々とするも、考えてみたらタイムマシンなんて存在しないんだった。悩むのはマシンが開発されたあとでインディアってことで(苦笑)。
  (2012年4月15日)

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このところ、超多忙というより超多望。グズグズしてなんかいられなインディア。だってこの世には、しなければならないことが山積しているのだから。天から授かった生命エネルギーをちゃんと使い切り、人生の宿題を終えてから死ねたら本望。
  (2012年4月15日)
 
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小学1年生のとき、ある先生が「りんごが1つと、りんごが1つ、合わせて2つあります。だから1+1=2です」とおっしゃった。私は答えた。「りんごには、赤いりんご、青いりんご、大きいりんご、小さいリンゴ、腐ったりんごもあります。そのすべてを“1”と呼ぶのはおかしいのではありませんか」。すると「先生の言うことは素直に聞かなければいけません」と怒られた。あの先生は、「なぜ」と問われて自分の足元がぐらつくことが怖かったのだろうか。真の指導者は異質な意見にこそ耳を傾け、そこから成長してゆくもの。「なぜ」を問わなくなった社会に未来はなインディア!
  (2012年4月7日)

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ニューギニアで海難事故に遭ったとき、サメだらけの海の真ん中で「もう終わりだ」とは思わなかった。明日も自分は生きている、なぜかそんな気がした。その直後に空っぽのペットボトルが流れてきた時は、迷うことなく手を伸ばし、その浮力に命を委ねていた。あのときの、あの不思議な力は何だったのか。あれが皆がいうところの「神の仕業」だったのか。それはわからない。一つだけわかるのは、あの時、人智を超えた何か特別な「力」が私を生かそうとしていたこと。それだけは断言してもインディア。その「力」に栄えあれ。
  (2012年3月29日)
 
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高野山大学大学院修士課程在学中、ぶっちぎりでトップの成績を収めた科目がある。寺院経営学だ(爆)。教授から「こんなに素晴らしい解答は見たことがない!」というコメントを寄せられたほどの好成績であった。ひょっとして職業を間違えたか? というのは半分冗談だけど…それはそれで悪くないかも知れなインディア?
 (2012年3月21日)

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ある人から「密教の左道はなぜ日本に導入されなかったか」という質問があった。私は答えた、「なぜならば、その流儀を行なうことは、自分の部屋の中にまだ技術が確立していない試行錯誤中の原発を建てるようなものだからです」と。宗教も、突き詰めれば「技術」なのである。「制御」の方法がわかっていない技術には大きな危険が伴う。お釈迦様は、当時確立していなかった「悟りの技術」をヒマラヤに籠って命がけで実験した人。先人の教えを甘く見てはいけなインディア。
  (2012年3月21日)
 
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息子は化学からコンピュータ・サイエンスへと専攻を変えた。は経済学→海洋学→インド哲学→密教学とさまざまな勉強を経て、今はお茶大で戦争社会学系の博士論文を書いている。人生の軌道修正を恐れるな。大丈夫、太陽は365日頭の真上にある。自分のペースで進めばインディア。
  (2012年3月17日)
 
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整体に行くと「見た目と違って骨太ですね!」と必ず驚かれる。特筆すべきは右の鎖骨の太さが左の2.5倍もあることで、「昔の木こりに見られた珍しい骨」なのだそうだ。ちなみにそのレントゲン写真は医学雑誌にも発表されたらしい。強いことは美しインディア。毎日カルシウムを摂って骨のあるヤツになれ!
  (2012年3月12日)
 
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最近、夢のボルテージが上がっている。今月は1日に龍の赤ちゃんをもらう夢を見て、昨夜は世界一ハンサムな男性(おそらく神)から優しくされる夢を見た。こういう夢を見たときは、思い切ってチャレンジしたほうがインディア。美しい夢、神々しい夢を見たあとには、現実世界でも慶事が起こる。私はそのことを経験から知っている。
 (2012年3月6日)

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イランから「『死との対話』をペルシャ語で紹介したい」と問合せがあったことをFacebookに書き込んだところ、なんとテヘラン在住のイラン人マジシャンから友達申請が来た。正直、今のイランでマジック&Facebookをやっている人がいることに驚くと同時に、激しく魂を揺さぶられたよ。この世界はまだまだ捨てたもんじゃなインディア。
  (2012年2月23日)

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高野山の大学院を修了している私は空海の正規ルートの弟子と言えるだろう。「女人禁制はどうなった!?」と空海は叫ぶかも知れないが、それも含めて密教はナンデモアリってことで(笑)。ぶっちゃけジェンダーなんてどっちでもインディア。あくまでも私見だけど、宗教は地場産業。時と共に変化するのがあたりまえ。
  (2012年2月20日)
 
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最近、(自分はインドの一部だな)とつくづく思う。これを別の言葉で言い換えれば、私なしではインドは成立しないということだ。この図々しい感覚、まさしくインディア。こういうことを臆面もなく発言すること自体、やっぱり私の中のインド化が相当進んでるよね(苦笑)。
  (2012年2月17日)
 
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何があっても自分にだけは嘘をつくな。信念を曲げず、自分に忠実に生きよう。人は、たとえ宇宙の果てまで行っても、「自分」からは絶対に逃げられなインディア。死ぬときに後悔しないように、今この瞬間から、自分を騙(だま)しながら生きることはやめようね! 
   (2012年2月10日)
 
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もうあまり若くはないけど、恐ろしく気位の高い女の子に逢った。実力はイマイチ、個性もイマイチ、でもプライドだけは超一流。心はトゲトゲ。正直、大変そうだなあと思う。勘違いしていないで、早く自分のオバカなところを認めちゃったほうがインディア。今のままだと自分のトゲに刺さって、いつか自滅しちゃうよ。
   (2012年1月22日)
 
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博士課程を攻略してゆく気持ちを例えていうなら、「ヒマラヤの高峰を登頂しようとするクライマー」。酸素は薄い、手足は凍るほど冷たい、周囲は岩だらけ、孤独。けれども、徐々に姿をあらわしつつあるこの素晴らしい風景を見るがインディア! 知ることは、即ち美しさだ。 
  (2012年1月18日)
 
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自由に本が読めて、自由に話せて、自由に書いて発表することができる。なんて幸せな国なんだJAPANは! 自分たちが世界でも稀なほど幸せな国で暮らしているという事実を、せめて1日に1度は思い出したほうがインディア。
   (2012年1月15日)
 
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悩みがあったら、声に出して丸ごと吐き出すのがいいよ。相手は友達でも居酒屋の女将でも誰でもインディア。それだけで嘘のように気が楽になるから。悩みを文章に書くだけでは、ますます内側に籠って病状が悪化してしまう危険性がある。その証拠に小説家の自殺率の高さを見よ!
   (2012年1月13日)
 
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子どもの頃の私は、恐ろしいほど自分を低評価していた。「生きててゴメンナサイ」ぐらいに思ってたもんね。幼稚園の記憶なんて教室の隅でタオルを目に当てて泣いてたことぐらい。今の自分からは考えられないよ。要は、人間、その気になればいくらでも変われるってこと。だから、運命に負けちゃいけなインディア。
  (2012年1月8日)
 
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私のお祖父さんが今の私の年齢だったとき、既に隠居していたそうだ。そうか。その例に従えば、私ももう隠居してインディア。と思ったら、目からウロコ。なんだか最高にロックンロールな気分だぜイェ〜イ! 隠居して女子大生。隠居してビキニ。隠居して宇宙旅行。やること満載。隠居してない若い人のほうが、むしろ老人っぽくないか?
 (2012年1月8日)
 
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昔むかし、私が今よりも若くて馬鹿かった頃、小難しい言葉を紡いでは哲学者気分で悦に入っていた。あるとき―確か子どもを授かってお乳を含ませていた最中だったと思うが―そういう小難しい言葉がいかに人の心を救わないかにハタと気づき、それからはとにかく平易で優しい言葉で語るようになった。小賢(こざか)しい自分の愚かさに気づけるかどうか。それが人生の分かれ道かも知れなインディア。
(2012年1月3日) 

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ブラジル経済がついに英国を抜き、いよいよ本格的な激動の時代の到来です。こんな時代がいつ来るか、いつ来るかと待っていたのよ。予定調和、大嫌い。乱世にはチャンスがいっぱいだ。気分はまさに「どこからでもかかって来い」。来年は龍のように飛翔してやるがインディア!
 (2011年12月30日)
 
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「4月に大学院に入学した」と言おうとして噛み、「入院した」と言ってしまってから、確かにこれは入院に違いないと納得している。そもそも博士課程にまで進んで何事かを極めようとすること自体が狂気の沙汰である。しかもおそらく不治の病。でもまあ、こんな人生も案外インディア。なぜならそこには深い知の喜びがあるから。
(2011年12月15日)

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ある人から、「なぜ明治学院を選んだのですか」と聞かれた。鋭い質問だ。あのとき、ほかにも合格していた大学があった。それも、もっと名の通った学校。にもかかわらず迷わず明学を選んだ私。その理由は(1)島崎藤村の後輩になりたかった。(2)チャペルが素敵だった。みんなは「偏差値、偏差値」と騒いでいたけれど、私は純粋に好きな学校へ行っただけ。要はGNP(国民総生産)よりGNH(国民総幸福量)を選んだブータンのようなものかな。それでインディア。
(2011年12月13日)

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本当に大切なことを話すときは、前振りなしでいきなり核心をつく話し方をするのがインディア。Kさんの耳元でいきなり「フリーメイソンのメンバーなんでしょ。知ってますよ」と囁いたら、Kさん、ビクッとしてたな。図星だったのね(笑)。
(2011年12月10日)

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中2のクリスマス、好きだった男の子に手袋を「右手」だけ編んでプレゼントした。カードには「来年も好きだったら左手の分もあげます」と思わせぶりなことを書いたけど、何のことはない、実際には時間が足りなくて片方しか編めなかったのだ。翌年も好きだったけど、毛糸がなくて頓挫した(爆)。でも、このほうが印象に残ってインディア?
(2011年12月8日)

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目下、博士論文とビジネス書と小説と仏教エッセイを同時に並行して書いている。少し前までは大学生用の図書館学の教科書も書いていた。そんな無茶なと思われるかも知れないが、これが案外私にとっては書きやすいスタイルだったりする。文体から発想から何から全て変える。これが存外楽しいのだ。人生は自分が一番やりやすい方法でやればインディア。
(2011年11月26日)

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信じていたのに裏切られた」という人がいる。そういう人に言いたい。裏切られたぐらいで覆(くつがえ)されるようなら、それは貴方が最初から「信じていなかった」んじゃないかな。「信じる」って凄い覚悟が要ることですよ。何かに命を、魂を賭けることです。そういう言葉を簡単に使ってはいけなインディア。
(2011年11月16日)
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急がば回れ。でも善は急げ。三年寝太郎、起きたらスゴイ。一点豪華主義。やるときゃやる女。メリハリのある人生。本当に乗りたい列車にだけは乗り遅れないように。あとは適当でインディア♪
(2011年11月7日)
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あせらない。競争しない。人目を気にしない。明るい友達と付き合う。なくした物を悔やむ暇があったら今あるものに感謝する。知らない人にも「おはようございます」と挨拶する。汗をかくまで走ってみる。お風呂に入って大声で歌う(ただし悲しい歌は禁止)。恋をする。美味しく食べる。声を出して笑う。生きてることに感謝する。それでインディア。
(2011年11月7日)
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今、猛烈に松田優作に会いたい。
野獣だよ。この国には
野獣
が足りなインディア!
(2011年11月1日)


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3歳の頃、よくについて考えてた。中学までそれが続いた後、高校入学と同時に「私は私でインディア!」と吹っ切れてからは人生が楽しくなった。31歳で2人目の子を生むとさらに楽になり、ケセラセラに拍車がかかって現在に至る。勝因は、いい子でいるのを辞めたことかな。要はどこかで吹っ切ることが大切なんだよね。
(2011年10月23日)


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幸せになりたかったら、あなたの近くにいる人を幸せにしよう。その人の笑顔を自分の喜びとしよう。こう書くとまるで宗教家か聖人君子の言葉みたいだけど、本当の幸せって、突き詰めるとそこにしかないような気がするよ。あなたが幸せなら、私はそれでインディア
(2011年10月22日)


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アフリカ大陸の最南西端に行ってきた。悠々と波に遊ぶ巨大なクジラの群れを見ているうちに、もうどこへも行かず何もせず、永遠にここにいてもインディア……と本気でそう思った。そんなふうに思える場所がこの世にはまだ残されている。そのことがわかっただけでも、地球の裏側まで行ってみて良かったよ。
(2011年10月17日)


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魔法少女ジニアのショーを見に来てくれる子ども達に伝えたいこと。「インドでは、知らない人の水を飲んだり新聞を読んでも構わないんだよ。水と情報はシェアしないとみんなの命に関わるから」。この考えは世界中の人がマネしたほうがインディア! 東北の子ども達は誰よりもよく理解してくれると思う。
(2011年9月14日)


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ってね、どんなに強く曲げても、上に重いものが乗っかっても、ひどい雨や風に遭っても決して折れない不思議な素材で出来ているんだよ。だから「心が折れそう」なんて心配しなくてインディア! 今は折れているように見えても、いつか必ず復活するから。私が保証します。
(2011年8月11日)


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いつも同じように異性にだまされて、同じように愚痴ってグダグダになって、それを日記に書き散らしている人がいる。そんなことしていると、友達もお金も社会的信用も、何より自分自身を失うよ。人生をやり直すのに遅すぎるってことはなインディア! 一度死んだ気になって、今日から人生を立て直せ!
(2011年7月25日)


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「必ず視力が良くなります!」と謳った商品の推薦者(どこかの大学教授)がメガネをかけている件。こんなの、信じてだまされるほうが悪いよね。もっと頭を使って、脳みそに汗をかいて、徹底的に考えたほうがインディア! 考えもせずに無闇に信じることは、美徳ではなく悪徳です。
(2011年7月24日)


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ネットがない時代のほうが幸せだった」という意見がある。なぜ幸福や不幸をネットのせいにするんだろう。幸せは感じた者勝ち。人間には、いつでも幸せを感じられる人と、いつでも幸せを感じられない人の2種類しかいなインディア。今、幸せを感じられない人が、一体いつになったらそれを感じられるというのだろう。
(2011年7月20日)


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子どもには汚(けが)れがない。大人は汚れている、と言う人がいる。その意見には反対だな。子どもの頃の私は大人の顔色を窺い、生きるために打算的だった。それにくらべて今の自分の正直さはどうだろう。色々なことを経験して、それでも人はピュアでいられる、それがインディア。少なくとも私はそう思ってる。
(2011年7月11日)


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「若さ」と「バカさ」はニアリーイコール(≒)の関係。若いことはバカいことでもある。そう考えると、若さとは、何と苦しく辛いものであろうか。しかし発想を変えれば、バカさは若さの特権であるとも言える。若いうちはバカでインディア。若゛者(バカモノ)よ、大志を抱け!
(2011年7月4日)


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2011年の前半が終わった。反省点も多々あるけれど、ともあれ今日も元気で、たくさん笑うことが出来た。今はそれだけでインディア。今日飛ばした元気の種が、あちこちで新しい芽を吹きますように。
(2011年6月30日)


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インド人はプライドの高い民族だ。どのぐらい高いかというと、世界最高峰(標高8,848メートル)のチョモランマよりも高い。このことだけは、ゆめゆめ忘れてはならなインディア
(2011年6月27日)


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ちゃぶ台をひっくり返すのは割と得意技だけど、ひっくり返し方が難しい。どうせなら「あの人のちゃぶ台ひっくり返しの技は、国宝級の見事さだね!」と言われるようになりたい。ま、それはおばあさんになってからでインディア(笑)。そういえば「お茶大」と「ちゃぶ台」って語感が似てるね(今、気づきました)。
(2011年6月23日)


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子どもの頃「バカ」と言ったら、「人をバカバカ言うバカは自分のバカを知らぬバカ」と教えられた。素晴らしい教えだと思う。最近、庶民をバカ呼ばわりする自称専門家を散見する。彼らに言いたい。庶民がバカかどうかなんてどうでもインディア! 庶民はキミ自身を映す鏡。プロならもっといい仕事をしなさい。
(2011年6月22日)


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喉の調子が悪いので医者に診てもらったところ、「どこも悪くありませんよ。単なる気のせいでは?」と言われた。そういえばこの症状、原発事故の影響を心配しだした頃から始まったんだよね。ドクターから「気のせい」と言われたとたん、症状がみるみる和らいできた。私って単純だな。というか言葉の力ってすごインディア。ふと見上げたら、空がこんなに青い。明日からも頑張ろうと思う。
(2011年6月21日)


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を「過去形」で語ったことは一度もない。子どもの頃の夢に向かって、今も一心に駆け続けているから。他人の人生と比較したことも、他人の人生を羨んだこともない。私の人生、これでインディア
(2011年6月19日)


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今しがた生物学の論文(英語)を読んだら、呆気ないほどスラスラ読めて驚いた。このところ恐ろしく抽象的な哲学論文を読みまくっていたから、スッキリした理系の論文はとてつもなく脳にやさしインディア。理系が文系より身近に感じられた初めての体験。
(2011年6月17日)


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今日は母の誕生日。温泉に連れて行こうと思ってたけど、本人は食事会、観劇、旅行etc.で連日スケジュール満杯。「全然暇がない」と告げる声が弾んでる。母は人生で今が一番楽しいのかも知れないね。昭和7年生まれ。戦争と家族の世話で失った青春を、今から好きなだけ取り戻してください。母が笑顔なら、それでインディア。
(2011年6月14日)


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人生は戻れない旅。晴れの日も雨の日も風の日も、この道を歩き続けるしかなインディア。いつか心に懸かる大きな虹を仰ぎ見るその日まで。
(2011年6月13日)

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インド人もビックリとは、一体どれぐらいの驚きなのであろう。先日、マジシャンから借りたコブラをむんずとつかんで見せたら、そばにいたインド人達が一斉に目を剥いて蜘蛛の子を散らすように走り去って行った。あれが「インド人もビックリ」ということであろうか。ちょっぴり気分がインディア(笑)。
(2011年6月12日)


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タージ・マハルの五段活用。タージ・マハらない、タージ・マハります、タージ・マハる、タージ・マハるとき、タージ・マハれば、タージ・マハれ、タージ・マハろう。要はタージ・マハルに行きたインディア!
(2011年6月11日)


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人には、生まれたときに与えられた宿題があると思う。宿題の中身は、どうやら人それぞれ違うらしい。人生は最後の一滴まで徹底的に楽しんでインディア! ただし、宿題が何だったかは絶対忘れないようにしよう。そして、人生が終わる日までに、宿題を終わらせておこうね。
(2011年6月10日)


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私は決してスタイルが良い方ではないし、むしろ普通なんです。ところが同年代の人々の体型がどんどん崩れ始めたために相対的に私のスタイルが良いような評価になってきてしまった。まさに相対性理論(苦笑)。人生の評価がどうなるかなんて、最後までわからなインディア
(2011年6月9日)


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ぽっちゃりは瞬間芸。次の瞬間デブに転じる危険性をはらんだ、限りなく無謀な綱渡り。「女の子はぽっちゃりのほうが可愛いよ」なんて甘いコトバ、間に受けないほうがインディア!
(2011年6月8日)


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インドの何が好きって、どこまで行っても答えが出ないところ。底なし沼。無限ループ。皆が探している答えなんて、おそらく最初からこの世には存在しなインディア! そのことに気づいた瞬間から、面白いほど見えてくるものがある。
(2011年6月6日)


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それにしてもバカボンのパパは凄い。みんなでバカ田大学の入学試験を受けてみたけど、東大卒の友人を含め、ひとりも受からなかったぞ。バカならバカでバカの達人になることが大事なんだね、きっと。「これでインディア」(バカボンのパパ風に)

(→バカ田大学入学試験はこちらから受験できます)
 (2011年6月5日)
 【後日談】2016年2月4日に再挑戦してみたところ、今度はめでたく合格。
入学年が平成15年となっているのは大学側のミス。さすがバカ田。

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あんまり他人に厳しくしてると、いつか自分で自分の首を締めることになるよ。もっとアバウトに、赦(ゆる)すことを忘れずに行きましょ。人生は適当なほうがインディア!
(2011年6月4日)


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おまえが幸せならそれでいい。形式なんて何でもインディア!
(2011年6月3日)


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うるさい男に重箱の隅をネチネチネチネチつつかれた。こういう輩(やから)が日本をダメにしているのだな、と思う。細かいことは後でインディア! 新しいアイデアを出す人の足を引っ張るヒマがあったら、まずは大局を見よう!(それが出来ないならせめて黙っててくれ)
(2011年6月2日)


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印象という字を見ると、どうしても「インドぞう」と読みたくなるんです。インド病がだいぶ進んでいるのかも。でも、これぐらいの間違い、誤差の範囲内だよね。それでインディア!
(2011年6月1日)


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