お客様各位




 いらっしゃいませ。仮想空間上の
Barマミリンへ、ようこそいらっしゃいました。
 私が当店の店主で、
さすらいの旅人こと、マミリンです。

 むかし、シドニーのニュー・サウス・ウェールズ大学で
海洋生態学を学んでいた頃、ふと冗談半分に、

 (バーを開いてみたいな)

と、思ったことがありました。
 それで、その頃は、人から将来の夢を問われると、

 「昼間は水産庁にお勤めして、夜は銀座でバーを開きたいわ」

 ……笑いながら、そう答えていたのです。

 むろん、私としては、これはあくまでも
高級なジョークのつもりだったのですけれど、なかには本気にしてくださった方もいらしたようで、今でもときどき、

 「ところで、お約束のバーは、いつになったら開かれるのですか」

と、尋ねられることがあります。

 まあ、バーを開くなんて、私にとっては
おとぎ話のような話ですが、でもね、もしも私がバーを開くとしたら、こんなお店が良いな、という理想はあります。
 それは、一言でいうと、
究極の隠れ家のようなお店です。

 お店は勿論、メンバー制。
 年中無休で、
24時間営業。つまり、行きたいときにいつでも行けて、「閉店です」なんて野暮なことを言われる心配もないのね。

 それから、どんなに飲んだり食べたりしても、
お代は頂きません

 カラオケは、ありません(なにしろ私が、カラオケ嫌いなので…)。
 その代わりに、フロアーの片隅には、コパカバーナの海岸で拾ってきたギタリストがいて、ポルトガル語で静かに
「イパネマの娘」なんか弾き語っているんです。

 お店の名前は、
「水族館」がいいな。私の趣味は、ダイビングなどのマリーン・スポーツですし、カラフルな熱帯魚が、たまらなく好きなので。
 
「竜宮城」でもいいのですが、そういう名前をつけると、もとの世界に戻りたくない人が現れることは、目に見えていますからね……(笑)。

 お店に流れる「イパネマの娘」について一言。

 
ボサ・ノヴァは、私がこよなく愛する音楽ですが、出遭いは意外に遅く、18才、大学1年の初夏のことでした。

 大学の軽音楽部が催したコンサートで、初めて耳にした不思議なサウンド。
 最初のフレーズを聴いた途端、魂をわしづかみにされたような、強烈な感覚がありました。
 次いで、心のなかのありとあらゆる
淋しさや悲しさが海に流れ出してゆくような、例えようもないほどの開放感を覚えたのです。

 隣りに座っていたロングヘアの男の子に、あれは何という音楽かと尋ねたところ、

 「“GIRL FROM IPANEMA”、イパネマの娘という曲さ。
ジルベルトが歌って、爆発的にヒットしたんだ」

という答えが返ってきました。
 その日から私は、ブラジル音楽、とりわけボサ・ノヴァの虜になってしまったのです。

 実はね、できることなら、晩年はブラジルに渡り、
海とカーニバルとボサ・ノヴァ三昧の日々を送りたいなぁと、そんなことも夢想しているんですよ。

 その頃、
私は90才
 娘が65才で、息子が59才。
 夫は、生きていれば112歳ですが、本人いわく、疾うの昔にあの世に向かって旅立ったあとだそうです(笑)。

 きっとその頃には、娘の娘が40才で、そのまた娘(つまり私の曾孫ね)が15才の高校生ぐらいに、なってるんじゃないかな。

 90才になった私には、
31才のボーイフレンドがいます。
 
西暦2019年生まれ(!)の彼は、おじいちゃんとおばあちゃんが4人とも別の大陸の出身という、うーんとグローバルで楽しい人。
 彼は、毎日11時55分になると、庭から摘んだ花を一輪持って、
赤い4WDで迎えに来ます。

 「マミリン。今日は、どこへランチを食べに行こう」
 「そうね。丘の上のイタリアン・レストランもいいし、先月行ったチャイニーズも美味しかったわ」
 「それじゃあ、岬をドライブしながら決めようか」

 90才になっても、自分はきっと、こんなふうに
毎日をエンジョイしてるんじゃないかな?
 そう信じて疑わない私は、本当にオメデタイ人間です。
 (まあ、このあたりは、バカな
作家の妄想と笑って、読み飛ばしてください)

 ちなみに、31才というのは、私が個人的に考える、
男性の理想の年齢なのです。
 29では早すぎて、33では遅すぎる。偶数では、生ぬるい感じがしてイヤ。
 というわけで、31がベスト。

 私が初めて書いた長編小説『夜明けの晩に』の中でも、主人公の恋人は31才の男性という設定にしました。
 (ちなみに主人公は、17才の少女です)
 理屈ではうまく説明できないのですが、
女性の17才と男性の31才って、このうえなく素敵な年齢に思えるんですよ。

 ……ともあれ、ブラジルは、私の隠れ家として、先々の楽しみにとってあるのです。
 あ、そのためには、今から
ポルトガル語の勉強もしておかなくちゃね(笑)。  

 動物占いによると、私は、
ペガサスなのだそうです。
 そのためか、一箇所に長くとどまっていることが、大の苦手。

 あるときは、作家。
 あるときは、
失われた秘法を求めてさまよう探検家。
 あるときは、南太平洋で
イルカと戯れる人魚。
 またあるときは、某国の諜報部員。
 (最後のはウソです、たぶん……)

 とまぁ、そのときどきの気分と状況によって、
自由気ままにほうぼうを駆けまわっているわけです。

 こんな
神出鬼没なママが経営するBarマミリンを、是非、あなたの隠れ家の一つに加えてくださいネ♪




西暦2000年
Barマミリンのママ

山田 真美