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2004年6月12日号(第137号)
今週のテーマ:娘の卒業
小学館『和樂』8月号(7月6日発売予定)の「直島地中美術館」特集に、現代アートの巨匠ジェームズ・タレル氏と山田真美の対談が掲載されます。何卒ご高覧ください。なお、『和樂』のホームページはこちらからご覧いただけます。
 が昨日、無事にハイスクールを卒業いたしました。

 「え、こんな時期に卒業なの?」と思われた方もいらっしゃるでしょうが、インターナショナル・スクールでは、イギリスやアメリカ、カナダなどと同様に
「入学は8月下旬から9月上旬、卒業は6月」が基本なのです。

 この時期、日本は梅雨ですが、イギリスで6月と言えば薔薇の咲き乱れる青空の季節。ジューン・ブライドに代表されるように、1年でいちばん美しいシーズンなんですね。

 インターナショナル・スクールの卒業式が日本の学校の卒業式と大きく異なる点は、家族はもとより、親戚、仲の良い友達、(いる人は)ボーイフレンドやガールフレンドなどなど、
大勢の知人を卒業式に招待する習慣。

 それからあの、映画に出てくるような
長いガウンと四角い帽子をかぶることも特徴です。
 来賓や学長の祝辞は、ジョークやユーモアをまじえたものが多く、堅苦しさはありませんね(と言うか、人を笑わすことのできないスピーチは、基本的にNGという不文律があるようです)。
 そんなこんなで、インターの卒業式は、「式」と言うよりむしろ
セレモニーとしての要素を含んだショーという感じなのです。

 当日、関東地方は土砂降りの大雨でしたが、その雨の中を、家族と娘の友達みんなで連れ立って出席してきました。以下、卒業式の様子を写真をまじえてお伝えします。

卒業証書を受け取り、花道を歩いて
来る



日本なら「校歌斉唱…」または「仰げば尊し」とな
る場面ですが、彼らがみずから選んで卒業記念
に歌った曲は、“Stand By Me”



卒業生全員で「イェ〜イ!」と歓声をあげながら
帽子を脱いで宙に投げ上げる、お約束のシーン



卒業式終了直後、
 上の2枚目の写真と4枚目の写真を見て、ちょっとした違いがあることに気がつかれましたか? そうです。帽子の房の位置が、卒業式が終わる前と後とでは、向かって右から左(本人の左から右)へと移動しているのです。
 あの房は
「タッセル=tassel」と言って、卒業式が終了した瞬間に(本人の)左から右へ移動させる伝統なんですって(まあ、こんなことを知っていても一生使う機会はないでしょうが、欧米の学校に関するトリビアということで覚えておいていただければと(笑))。

 それにしても、一言で「卒業」と言いますけれど、振り返ってみると、娘が
小学校に入学してからハイスクールを卒業するまでの12年間には、実に色々なことがありました。

 が小学校に入るまで、私たち一家は信州の
山の中の一軒家での〜んびり暮らしていたのです。
 しかし、彼女が某国立大学の附属小学校に入学したことで、ライフ・スタイルが変わりました。つまり、学校のすぐ近くに家を借り、月曜日から金曜日までは学校前の家で暮らし、週末だけ山の家に帰るというパターンになったのです。

 続いて4年生を終える頃には、一家でインド暮らしをすることが決まりました。6つ年下の息子も連れて、家族全員でニューデリーへ…。

 はここで
インド最大のインターナショナル・スクールに編入、そこで6年間を過ごすことになります。
つまり彼女は、それまでの日本語による教育から、一気に
英語のみの教育へと劇的な変化を体験したわけです。

 それまでも、ある程度の英会話は家で教えていました。
 家には外国からのお客様も多く訪れていましたし、海外旅行にも慣れていたでしたが、学校ではネイティブの子ども達と対等に英語を使わなければならないのです。微分積分みたいな勉強も、全〜部英語だけでやるのです。そのプレッシャーは、想像を絶するほど大変なものだったでしょう。

 しかもその学校というのが(入学してから知ったのですが)、世界中のすべてのアメリカン・スクールの中で常に1〜2番の学業成績を誇る学校だったものですから、なおのこと大変でした。
 宿題の量も半端でなく、
中学時代の平均睡眠はせいぜい4〜5時間だったのではないかと思います。

 でも、頑張った甲斐あって、中学卒業時のは成績優秀生として、ホワイト・ハウスからクリントン大統領名で表彰されました。インドのインターナショナル・スクールでの6年間が、彼女の眠っていた個性を大いに引き出してくれたのです。

 2001年に家族とともに日本に帰国したあと、昨日卒業したインターナショナル・スクールに転校。ここで彼女は、またしても大きな変化を経験することとなりました。
 それまでインドで通っていた学校が完全な
アメリカ式教育だったのに対し、今度の学校の基本は英国式教育。カリキュラムや教え方、そしてなによりも校風が、再び激変してしまったのですから…。

 12年という月日の間に(しかも多感な少女期に)、いくつもの
山と谷をよくぞ越えてくれたと思います。

 Vはもともと絵を描くことが大好きで、絵筆と紙さえ渡しておけば静かに何時間でも絵を描いているような子でしたが、日本に戻ってからは水を得た魚のように数多くのアート・イベントに参加。複数の公募展に入選し、個展を開き、アートの世界に没頭して行ったように思います。

 そうこうしているうちに、ついに昨日でハイスクール卒業。
このあとは親元を離れて、某国
某大学の美術学部に進学予定です。

 もとより子育てに「終わり」なんてないと思いますが、とは言え娘のハイスクール卒業は、ひとつの大きな節目となりました。
 これまで娘の力になってくださった皆様、本当に
ありがとうございました。そして、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

12年間よく頑張ったね。卒業おめでとう!

 
今日は珍しくしみじみと、12年間の回想に耽りたい気分の私なのでありました。
 ではでは♪
★★今週のブースケとパンダ★★

 
無邪気に笑うブースケ(左)と憂いを帯びた瞳のパンダ(右)

※前号までのブースケとパンダの写真はこちらからご覧になれます。
事事如意
2004年 6月12日
山田 真美