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2014年4月12日号(第509号)
今週のテーマ:
カウラ四題
★ 仏教エッセイ ★
『仏教一年生』は『仏教二年生』と改題し、近々(博士論文が仕上がり次第)新スタートの予定です。暫くお待ちくださいませ♪
※これまでのエッセイは左のロゴをクリックしてご覧になれます。
 
 またまたご無沙汰してしまいました。皆さま、お変わりありませんか。
 目下、私は3つの仕事にギュッと挟まれ、まさに「三つ巴」状態で格闘中でございます。

 3つの仕事とは、第一に博士論文の執筆、第二に今年8月にオーストラリアで開催が予定されるカウラ事件70周年記念式典への参加準備、第三に明治学院大学の特命教授として学生に教える仕事です。

 上記の仕事以外にも、今月は既婚女子の第一正装で出席しなければならないようなイベントもありまして、まさに休みなし。毎日がトライアスロン状態と申しますか、自分でも呆れるほどの働き盛りです、はい。

 ただし週に2度は温泉に浸かっているせいか、お蔭さまで健康状態はいい感じ♪
 博論が仕上がるまでは週マのアップデートも不定期なままと思いますが、何卒お許しくださいませ。

 さて、この半月ほどの間にカウラ関係で立て続けに4つの出来事がありました。内訳は、悲しい出来事が1つと嬉しい出来事が3つ。私は「楽あれば苦あり」より「苦あれば楽あり」のほうが好きですので、悲しい出来事のほうから先にお話ししたいと思います。

 去る3月24日、カウラ事件のサバイバーで豪州カウラ会の第8代会長を務められた山田雅美(まさよし)さんが逝去なさいました。享年94歳。1919年4月1日のお生まれで、人から誕生日を聞かれると嬉しそうに

エイプリールフール、ナインティーン・ナインティーン

とお答えになっていたことを懐かしく思い出します。あと8日で95歳だったのですね。100歳まで生きていただいて、もう一度ご一緒にカウラへ行きたかったとしみじみ思います。

 山田さんには何度もお目にかかりインタビューを重ねましたが、豪快な早口の鳥取弁で臨場感たっぷりに語る様子は迫力満点で、特に輸送船が沈没し海に飛び込んだ山田さんがたったひとりでダンピール海を何昼夜も漂流した時のお話などは、聞くたびに鳥肌が立ったものです。

 娘さんによれば、最後はそれは穏やかなお顔で旅立たれたそうです。
 これまでのご厚情に感謝すると共に、山田雅美さまのご冥福を心からお祈り申し上げます

2004年8月5日に開催されたカウラ事件60周年記念式典にて。背の高いメガネの男性が在りし日の
山田さんです。右上の写真: 左から順に故・高原希國さん、故・山田雅美さん、村上輝夫さん、私
 悲しい出来事のあとは、 嬉しい出来事(その1)をご報告いたしましょう。

 今週は、カウラ事件のサバイバーで海軍の軍属捕虜でいらっしゃった今井祐之介さんのご自宅を久しぶりに訪ね、インタビューしてまいりました。

 現在93歳の今井さんは驚くほど頭脳明晰で、数字や固有名詞から事実関係に至るまで淀みなくスラスラと当時を思い出すことが出来ます。もともと軍人ではなく役人だった今井さんは、英語にも堪能で、捕虜収容所では他の日本人のために英語の小説を和訳するなどして日々を過ごしておられた由。

 今回はカウラ暴動発生時の様子を、これまでとは違った角度から質問させていただきました。しかしまだまだ聴き足りないことがありますので、近いうちにカウラワインを提げて再訪の予定です。
 
今井祐之介さんと私
 続きまして、嬉しい出来事(その2)。昨夜、オーストラリアのカウラから、市長以下総勢6名の親善訪問団が東京に到着なさいました。早速、唄淳二さん(オーストラリアワイン輸入代理店社長)とふたりで皆さんのホテルに出向き、サプライズのプチ歓迎会をしてまいりました(下の写真がそうです。ぼやけた写真しかなくてゴメンナサイ)。

 御一行はこれから約10日間をかけて横浜外国人墓地(ここにはカウラ出身の兵士で直江津で捕虜として亡くなったアラン・ヒーリー氏が眠っています)、直江津捕虜収容所跡(第二次世界大戦中、直江津の収容所には約300人のオーストラリア兵捕虜が収容され、うち約60名が栄養失調・病気・寒波などの理由で亡くなりました)、そして広島平和記念公園などを訪問。平和を祈って慰霊碑に献花をし、各地で関係者と懇談なさる予定です。

 唄さんと私は、御一行とは広島で再び合流する予定ですので、その報告はまた後日に。

左から、ロビン・ライアンさん、ゴードン・ロールさん(カウラ・ブレークアウト協会会長)、ローレンス・
ライアンさん(カウラ事件70周年記念式典実行委員長)、私、ビル・ウェストさん(カウラ市長)、ジュ
ディ・スミスさん(カウラ市助役)、ポール・デヴェリーさん(カウラ市総務部長)、唄淳二さん
 嬉しい出来事(その3)。お茶の水女子大学大学院博士課程の「論叢」に、新しい論文『捕虜を生きる身体―第二次世界大戦期・カウラ第十二戦争捕虜収容所に於ける日本兵の日々』が掲載されました。

 アブストラクトは英語ですが本文は日本語です。キーワードは「カウラ、戦争捕虜、身体、男子同衾、ホモソーシャル」。

 このうちの「ホモソーシャル」は、私がお茶大に入ってから最も面白いと感じた概念の一つ。日本語では「男同士の絆」などと訳されることもありますが、むしろ「ホモ」+「ソーシャル」という言葉のストラクチャー自体も面白いので、日本でもあえて訳さず「ホモソーシャル」という言葉のまま使ってほしいな、などと想っている次第。

 今回の論文では、捕虜収容所に於けるホモソーシャルとホモセクシャルの境界がいかに曖昧で変動しやすいものであったかを論じました。まだまだ拙い論考ではありますが、近日中に全文がウェブ公開される予定ですので、その節はなにとぞご高覧くださいませ。
 
 ……というわけで今日は「カウラ四題」と題し、まさにカウラづくしの週マとなりました。

 この春は忙しい忙しいと言いながらも「忙中閑あり」で、オーストラリア大使館で催された観桜会にお呼ばれしたり、娘と目黒川でお花見をしたり(+目黒雅叙園で開催中の活け花展を見たり)、大人気の怪獣酒場へ仲間と繰り出したりと、実はちゃっかりよく学びよく遊んでいたりもするのですが(笑)……そのあたりのことは後日まとめて書かせていただこうと思います。

 ではでは♪
▼・ェ・▼今週のブースケ&パンダ∪・ω・∪


4羽のひよこのうち1羽が死んでしまい
ブースケ氏は淋しそう

(※前号までの写真はこちらからご覧ください)
事事如意
2014年4月12日
山田 真美
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