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2007年10月7日号(第278号)
今週のテーマ:
六十日間インド一周(その参)
●10月1日(月)
 
 早朝にアーメダバードのホテルをチェックアウト。7時10分発のインディアン・エアラインズ便で、10時40分カルナカタ州の州都バンガロールに到着。

 インド国立文学アカデミーから差し向けられた迎えの車で、まずはホテルに移動。バンガロールは標高920メートルの高原に位置するため、空気がサラリとして涼しく、さすがに過ごしやすい。IT企業の最前線だけのことあって、ホテルは全館WI-FIに対応していた。

 夕方からバンガロール在住の作家・詩人・ジャーナリスト・映画監督らを対象にレクチャー。今回のテーマはズバリ「日本人と日本語」である(使用言語は英語)。

 聴衆の目は、最初から真剣そのもの。私もいつにも増して熱く語りまくり、1時間の予定が気づいた時には2時間をオーバーしていた(汗)。

 それでも誰も文句ひとつ言わない、帰ろうともしないところが、さすがは悠久の国インドである。

今日のレクチャーは文字通り“卓を囲んで”じっくりと



レクチャーを聴きに来てくださった皆さんと
●10月2日(火)
 
 今日はマハトマ・ガンディーの誕生日で国民の休日。朝からいくつかヒンドゥー教のお寺を見て回る。

 さらに職人さんに頼んで左手にメヘンディーを描いてもらった。メヘンディーとは、ヘナ(ミソハギ科の低木の一種)の葉を乾燥した粉をペースト状に練った絵具で手や足などに描く吉祥模様のこと。1週間から10日で自然に消えてしまうが、インドでは非常に縁起の良いものとされている。

 職人さんに「いくらで描いてくれる?」と尋ねたところ、「30ルピーコース、50ルピーコース、100ルピーコースとあって、高くなるほど絵柄が凝ってきます」と言う。非常にわかりやすい(笑)。迷わず100ルピーコース(日本円にして約300円)を頼んだところ、インドの国鳥である孔雀を描いてくれた。

 今日はさらに、昨日のレクチャーで友達になった映画監督のチャンドラセカール氏(上の写真で黄色いシャツを着ている男性)から上映中の映画(『マタドゥ・マタドゥー・マリーゲ』)に招待され、シネマホールへ出かけた。

 今回インドに来てから映画館へ行くのはこれが初めてである(ボリウッドの本場ムンバイでは、ついにその時間がなかったので)。カンナダ語(カルナタカ州の公用語)の映画ではあったが、直前に監督みずから内容について詳しく教えてくださったため、ストーリーはよく理解できた。

 この映画を見る限り、チャンドラセカール監督はかなりの社会派らしい。本作ではインドで勢力を広げるテロリスト集団警察の腐敗、さらには米国の帝国主義が痛烈に批判されていた。

 主人公はマハトマ・ガンディーの思想に深く共鳴する農民という設定で、ガンディーの誕生日に見るにはまさに最適の映画だったと言える。

※チャンドラセカール監督の公式サイトはこちら。Wikipediaの記事はこちらからどうぞ(ただし英語のみ)。
    
ミーナクシー女神を祀ったヒンドゥー教の寺院にて。南インドのお寺はどこもこんな感じで賑やかだ



これがメヘンディー。孔雀の姿がご覧になれるだろうか



上映中の『マタドゥ・マタドゥー・マリーゲ』の巨大看板
●10月3日(水)
 
 午前中はホテルで原稿を執筆したあと、14時15分発の列車で一路マイソールへと向かう。列車はたったの10分遅れで出発(※この国では列車が1時間以上遅れることはまったく珍しくない)。

 私が乗ったエアコン車両(アカデミーが用意してくれた)には、スイス人の家族と身ぎれいなインド人の合計5人しか乗って来なかった。一般車両はインドの庶民で満席だったというのに……。個人的には一般車両の方が賑やかで好きだ。

 マイソールでのホテルは、バンガロールと同じくWI-FI完備。プールもある。が、例によって水着がない。売店はあるのだが、売っている水着はどれもサイズが大きすぎる。バストもウェストもヒップもブカブカだ。インドでの私はXSサイズ。そして、そんなサイズの水着は見たことがない(涙)。

 夕刻からCentral Institute for Indian Languages(インド言語中央研究所)のナラヤン学部長と会い、明後日に予定されているレクチャーについて打ち合わせる。

 ナラヤン教授は驚くべき博学の人だ。そして―こんな言い方をしては誠に僭越だが―興味の方向性が私とよく似ている。インド神話について話すうち2人とも話に熱中してしまい、危うく明後日の打ち合わせがそっちのけになるところであった。
  
(左)プラットフォームにて。車体に貼られた乗客名簿には、フルネームのほか、ご丁寧
にも性別と年齢まで併記されている。ニセの乗客を見破るための工夫らしいが、プライ
バシーのかけらもない感じ(苦笑) (右)車内の様子。しっかり冷房が効いている
●10月4日(木)
 
 今日は自由時間がたっぷりあったので、いわゆるひとつのバスツァーに参加して来た。

 行った先はマハラジャの宮殿、アートギャラリー、ヒンドゥー教の寺院、キリスト教の教会、動物園、庭園などなど。観光名所はほとんど網羅したのではないかと思う。朝の8時半から夜の8時半までたっぷり12時間のコースで、参加費用は140ルピー(約420円)

 ただし名所旧跡への入場料は別途徴収され、外国人の料金はインド人料金よりも高い。たとえばインド人の入場料が5ルピーとか10ルピーのときに、外国人は100ルピーほど支払わされることになる(これはインド全国どこへ行っても同じ)。

 観光名所を巡っても特に心を動かされることはなかったが、せっかくマイソールに来たのだからと思い直し、本場マイソールシルクのサリーを1枚だけ購入した。
  
(左)ヒンドゥー寺院の前でお供え物を売る老婆2人 (右)祭事に使う神様の書き割り。大胆なタッチだ


  
クリシュナラジャ・サガール湖畔の公園にて。ライトアップされた噴水が幻想的なムードを醸し出している
●10月5日(金)
 
 インド言語中央研究所(Central Institute of Indian Languages)へ。まずは学長と学部長にご挨拶。

 この研究所にはなかなか素晴らしいTVスタジオがあって、ここでは多くの番組が作られているらしい。アーカイブに残すためと地域に向けてオンエアするための両方の目的で使われているようだった。

 実は事前に何も聞かされていなかったのだが、スタジオへ到着するなり椅子に座らされ、いきなり番組収録となった(苦笑)。学長が司会進行役、学部長がアシスタントで撮影は進められ、主に私自身のこれまでの人生について次々に質問が繰り出されたのだった。

 問われるままにベラベラ喋っているうちに瞬く間に1時間が経過。撮影終了後は休む間もなく講堂へと移動し、1時間のレクチャーをした。

 今回の主催者からの要望は「日本語の基礎知識と、日本における弁才天信仰の両方について話して欲しい」とのこと。

 1時間でその両方を話すのはなんぼなんでも無理でしょ……とは思ったが、ご希望ならば仕方がない。もともと早口な私がさらに早口になり、弾丸のようなトークとなった(笑)。

 なお、今回の撮影およびレクチャーも、使用言語は英語である。インドでは、基本的に小学校から大学まですべての科目を英語で教えるのが基本なのである。

 本日の出来事のうち特筆すべきは、カルナタカ州マンガロール(注/バンガロールではない)に住むマジシャンのクドゥローリ・ガネーシュ氏が、7時間もバスに乗ってはるばるレクチャーを聴きに来てくれたこと。これは本当に嬉しかった。

 拙著『マンゴーの木』を読んでくださった方はご存知のように、クドゥローリは1998年に開催された全インドマジック大会(Vismayam '98)のチャンピョン。私は同大会のゲスト審査員だったのだ。

 クドゥローリに逢うのは実に9年ぶり。当時26歳だった彼も既に35歳である。おなか回りに貫禄が出てきたことを除けば彼に目立った変化はなく、我々は再会を大いに喜び合ったのだった。
  
(左)インド言語中央研究所にて (右)レクチャー中の一コマ(天竺という言葉について説明している私)


  
(左)7時間もバスに乗ってレクチャーを聴きに来てくれた友人のマジシャン、クドゥローリ・ガネーシュ氏と
(右)撮影前のTVスタジオにて、左からナラヤン学部長、私、シン学長
●10月6日(土)
 
 インドに来てから一度も髪を切っていない。髪が伸びすぎて収拾がつかなくなっている。今朝は11時ちょうどの特急列車でマイソールを発ち、バンガロールへトンボ返りしたその足で美容室に向かった。

 とは言えインドで髪をカットするのは少なからず冒険である。なにしろインド女性の間にはまだまだロングヘア信仰があって、ショートヘアは少数派なのだ。つまり多くの美容師さんは、日本や西洋のようにはカットに慣れていないということである。お客さんを見ていると、カットよりも縮毛矯正(いわゆるストレートパーマ)のために来ている人が多いようだ。

 バンガロール日本人会ウェブサイトのBBSに「上手な美容室がありましたら紹介してください」と書き込んでおいたところ、親切な方からすぐにメールで情報が寄せられた。'SQUEEZE'という店で、イギリス人の男性がカットを担当しているという。

 イギリス人! ならばカットには慣れているはず。喜んで即アポを入れたのであった。

 ……というわけで今日は久々に髪を切って来た。美容師のケヴィン君がこちらが言いたいことのニュアンスを理解してくれたお蔭で、ほぼ思いどおりの髪形になった。めでたしめでたし。

 'SQUEEZE'のカット料金は、シャンプー+ワックス仕上げ+コーヒーor紅茶がついて700ルピー(約2,100円)。インドでは高級店と言える。

 ちなみにそのへんの道端で開業している青空理容師さんに頼めば、20ルピー(約60円)ぐらいでカットしてもらうことも可能だ。ただし、どんなスタイルにされるかは知ったこっちゃない(笑)。
  
(左)700ルピーのカット (右)'SQUEEZE'のカリスマ美容師(?)ことケヴィン君
●10月7日(日)
 
 早朝、ゾロアスター教の寺院を見に行き、またしても不思議な出来事を体験した。

 ゾロアスター教の寺院には、いかなる理由があっても信者以外は入れない。私はそのことを知ってはいたのだが、せめて図書館だけでも見せてもらえないだろうかと思い、かなりの無茶であることを承知の上で頼みに行ったのだ(ゾロアスター教の経典について調べたいことがあったので)。

 しかし、あたりに人影はない。困ったなと思いながらふと庭の隅を見ると、小さな黒い帽子(ユダヤ教徒やイスラム教徒の男性が礼拝のときに着用するような)をかぶった男性が庭のベンチで新聞を読んでいるのが見えた。

 すぐに男性のもとに駆け寄り、図書館に入りたい旨を丁寧に告げたところ、「ゾロアスター教の経典に関心があるとは実に珍しい。普通の人は我々の宗教の存在さえ知らないのですが……」という答えが返って来た。

 そこで、私自身に関する諸々のこと(作家であることや、インドに関する本を何冊か出版していること、アカデミーの招待でインドを訪問中であること、かつてヘブライ語を勉強したことetc.)について説明し、さらに、

「実は、インドにおける私の親友はゾロアスター教徒なんです。カイザードという名前で、ムンバイに住んでいます。彼女には娘さんが2人いて、長女のパールは日本でマジックを披露したこともあるんですよ」

と言ったところ、その瞬間に男性は仰天して目を大きく見開き、こう叫んだではないか。

「実は私もムンバイの人間で、パールちゃんの家はうちの隣ですよ!」

 これには私も驚いた。お蔭さまで、普通なら入れてもらえない図書館に入れてもらえることに.なった。

 それにしても世間は狭い。と言うか、時が来れば逢うべき人には逢えるようになっている。そういう仕掛けになっているところが凄い。

 昼からは映画監督のチャンドラセカール氏のご自宅に招かれ、純粋な南インド風ランチをご馳走になった。今夜は10時30分発の寝台特急に乗って、一路カルナタカ州の古都ハンピに向かう。

ゾロアスター教寺院の前でバッタリ逢った
カイザードの隣人と記念撮影


  
チャンドラセカール監督のご自宅で。監督と話し込んだり、バナナの葉に盛られたランチをいただいたり



帰りは監督みずからベンツを運転しホテルまで送り届け
てくださった。聞けば監督は「自動車が大好き」なのだそう
※この続きはこちらからお読みいただけます。To be continued.
▼・ェ・▼今週のブースケ&パンダ∪・ω・∪


今週のブースケ&パンダの代理は、人間が食べたあと
のココナッツを物色する幸せそうなブタさん親子です

※前号までの写真はこちらからご覧ください
事事如意
2007年10月7日
山田 真美