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2006年4月3日号(第213号)
今週のテーマ:
満開の桜をハシゴする

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【講演会のお知らせ】
THE TRUE STORY OF THE COWRA BREAKOUT

-Why 1,104 Japanese POWs Made a Suicidal Escape Attempt-
期日:4月15日(土曜日)13時30分〜15時30分
主催:港区国際交流協会(MIA)
会場:東京都港区芝4-1-23 三田NNホール Space D

※今回の講演は英語で行ないます(通訳は付きません)。全員参加のディスカッションも予定しておりますので、恐れ入りますが英語でのディスカッションに参加可能な方のみ対象となります。お問い合わせはMIA(電話03-3578-3530)まで。

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 先週は、文字どおり桜づくしの1週間でした。

 「これまでの人生で見た桜をすべて合わせた数よりも、さらにたくさんの桜を見た」と言っても過言ではないほど、それはもうおびただしい数の桜をハシゴしておりました。

 事の発端は、芸術の都サンクト・ペテルズブルグからやって来たロシア人の女友達イリナが発した、次の一言です。

「ねえ、マミ。せっかくこうして生まれて初めて東京へ来ることが出来たんだから、私、桜を片っ端から見て歩きたいわ

 外国から遊びに来た友達が、日本の桜を見たがっている。それだけなら、よくある話でしょう。

 そんな場合、普通ならそのへんの公園へ行き、タコ焼きなど頬張りながら小一時間も散歩をすれば、きっと満足してもらえたはず。

 しかしイリナの場合に限っては、そうは問屋が卸しませんでした。

 何故ならば、彼女イリナは、いいえ、イリナ・サフロノーヴァ女史は、ロシア国立コマロフ植物研究所の教授。そう。彼女はロシアの高名な植物学者なのですから。

 つまり、彼女が言うところの「私、桜を片っ端から見て歩きたいわ」の本当の意味は、

「東京に来られるチャンスなんて滅多にないし、この際だから日本の桜を徹底的に観察したいわ。私は日本語が喋れないし、当然マミも付き合ってくれるわよねえ?」

という意味に他ならなかったのです。

 かくして、偉大なる植物学者の通訳ガイドを仰せつかった私は、東京中の桜の名所を徹底的に歩き回ることになったのでありました……。

桜の名所@
ブースケの散歩でほぼ毎日のよう
に足を運んでいる浅草寺境内の桜


  
桜の名所A 東京でお花見と言えば、何と言ってもここ上野公園が有名でしょう


  
桜の名所B 皇居の桜。さすがにここの桜は立派で、手入れもよく行き届いていました
 浅草寺、上野公園、皇居を皮切りに、私たちはそれこそ東京の至るところで桜の観察をしたのですが、途中で歩き疲れ、カメラをバッグの奥底に仕舞い込んでしまったので、写真はこれしかありません。悪しからず。

 それにしても、今回、植物学者の「お花見」に付き合ってみて初めて実感したのですが、一言で「桜」と言っても実にたくさんの種類があるのですね!

 白からピンクまでの色彩のバリエーションにも驚かされましたし、幹や枝の形にも色々あることとか、意外に厚ぼったい花びらの感じ、「匂いたつ」という表現がぴったりの甘酸っぱい香りなど、どれも今までの人生で見逃していたものばかりで、

(ああ、桜ってこんなにも奥が深い花だったのね)

と再確認いたしました。

 もしかしたら、それぐらいのことは日本人の常識として知っていなければいけなかったのかも知れませんが、なにしろ私と来た日には、菖蒲(ショウブ)とアヤメと杜若(カキツバタ)とアイリスの違いさえ未だによくわからない植物音痴なのです。

(もっとも、「いずれアヤメかカキツバタ」という日本語があるぐらいですから、このあたりの違いがわからないで困っているのは、私だけではなさそうですが)

 そういう植物音痴の人間が、植物学者とお花見なんかするものじゃありませんね(苦笑)。

 イリナと来たら、これはと思う桜の姿がチラッとでも見えたが最後、たとえ行く手を断崖絶壁が阻んでいようが、錆びた鉄条網が何重にもバリケードを築いていようが、棘だらけの植物が群生していようが、目標物めがけて一直線。

 そして、花の前にたどり着くと、それはもう長い時間をかけて丁寧に1本1本の木を観察するのです。まるで恋人を前にした女学生のように、繊細かつ大胆に。

 イリナ自身は中肉中背なのですが、手はと見ると、肉がグローブのように厚く、擦り傷・切り傷だらけで、まさに長年働いた労働者の手をしています。植物を研究するということは、こういう手になることなんだと、しみじみ感動させられる手です。

 私自身も「観察」や「研究」は大好きですが、研究対象として興味があるのは「文化」「言語」「宗教」「神話」といった人間の精神活動に関わるものが主で、相手が人間以外のもの(動植物など)となると、どうにも感情移入がしづらく、文化や言語にのめり込むようには夢中になれません。

 桜の観察に夢中になるイリナの横顔を眺めながら、(私はとても植物学者にはなれない)と思うと同時に、そう言えば20年数前にも、これと全く同じ理由から(自分は海洋学者には向いていない)と悟ったことを思い出し、思わずひとり苦笑しておりました。

 ちなみに、イリナと私が初めて出逢ったのは、今から6年前の西暦2000年。日本で開催された国際植生学会のオープニング・パーティーの席上でした。

 その当時、私はまだニューデリーに住んでいたのですが、たまたま日本への一時期帰国中にこの学会が開かれ、会議の通訳を頼まれたのです。で、このときに私が担当した学者さんのひとりが、イリナ・サフロノーヴァ教授だったというわけです。

 植物地理学(Botanical Geography)を専門とする彼女はこのとき、塩田の拡大による植生被害など、環境学的見地から見ても非常に興味深いお話をなさいました。

 この学会ですっかり意気投合した私たちは、その後はメル友として連絡を取り合い、現在に至っているというわけなのです。

 今回の彼女の来日は、新潟県で行なわれた大きなシンポジウムに参加するためで、東京へは私に会うためだけに足を伸ばしてくれた…はず…なのですが、実際には「桜観察のための上京」と言ったほうが妥当だったかも知れませんネ(笑)。

 彼女と一緒に東京の桜を見てまわり、私も色々と感じたことがありますので、その感想を下に書き留めておきます。
 もちろん、これらはあくまでも私の個人的感想に過ぎません。特に@に関しては、植物学的には間違っているのかも知れませんが、その場合も責任は負えませんので悪しからずご了承ください(笑)。

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【感想その@】
東京で最も「良い桜」は皇居の敷地内にある。

 同じ桜でも、皇居の桜は、よそと比べて咲きっぷりがまるで違うように感じました。やはり、もともとの品種が良いうえに、お手入れも抜群に行き届いているせいでしょう。
 警備体制も整っていて、おまわりさんがパトカーおよび自転車で常時パトロール。芝生に入るような不届き者がいると即座に近づいて、優しい言葉づかいで注意していました。

【感想そのA】
桜を見ていると「もう、いつ死んでもいい」という気分になってくる。


 桜が「死」を連想させる花であるということは、日本では昔からたびたび言われてきたことですが、今回色々な場所で桜を眺めていて、その気分が少し理解できたような気がします。

 もちろん、桜を見ていたら実際に死にたくなったというような危険な意味では全然ないのですが(笑)、桜が持つ一種独特の危うさ・儚さに酔ったとでも言いましょうか。
 気分としては、西行法師の「願わくば花の下にて春死なむ その如月の望月のころ」の心境が理解できたということかも知れません。

 そう言えば、以前どこかで「桜の根元には死体が埋められている」というエピソードを聞いたことがあるのですが、あれはどこかの国の民話か何かなのでしょうか? ご存知の方がいらっしゃいましたら、是非ともお教えください。

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 さて、イリナがロシアへ帰ってしまったあと、先週はもうひとつお花見をして参りました。
 今度のロケーションは、それまでとは打って変わって東京大学の本郷キャンパスです。

 参加メンバーは、CGアーティストで東大教授の河口洋一郎さん(今回のお花見の主催者)、同じく東大教授の原島博さん、女優の蜷川有紀さん、フランス人作家のオリビエ・ゴーランさん、東大大学院の学生さんなど、総勢15人ほど。

 こちらのお花見は、実際の桜もさることながら、参加者の皆さんが花のように華やかな人ばかりで、今回はもっぱら会話に花を咲かせて参りました。

東大キャンパスで (右から)オリビエさん、河口
洋一郎さん、蜷川有紀さん、原島博さん、私
 河口洋一郎さんとお目にかかるのは、今回でまだ2度目だったのですが、この方は飄々としていて実に面白い方で、人類が太古の昔に置き忘れてきたDNAをしっかりと受け継いでいるような、現代人に欠乏している野生の力に溢れた不思議な先生です。

 これを機会に、いいお友達になれそうな予感。

 そして、実はこの夜は私たちにとって岡本敏子さん(岡本太郎さんの養女)の一周忌でもあったのです。

 岡本敏子さんは、お花見に出席した全員にとっての共通の友達ですが、今からちょうど1年前のこの季節、突然に、それこそ本当に何の前触れもなく、この世を去ってしまわれました。

 今回のお花見は、敏子さんがニコニコ笑っている写真を桜の下(いちばん咲きっぷりの良い枝の真下)に掲げ、まるで敏子さんがそこにいるような雰囲気いっぱいの宴となりました。

 人は誰もいつかは死んでいきますが、亡くなったあともこうして桜の下に集まり、ワイワイ賑やかに笑いながら楽しかった故人の思い出を語れる仲間がいるということは、本当に幸せなことです。

 今日はこれからインド大使館のお花見にお呼ばれして参ります。
 東京はかなり風が強いので、千鳥が淵の桜はすっかり散ってしまったのではないかと、やや心配ではあるのですが……。

 久々に本格的な激辛インド料理を食べて、身体の芯からヒートアップしてこようと思っています(笑)。
 ではでは♪
▼・ェ・▼今週のブースケ&パンダ∪・ω・∪


ちょっぴり怠惰な春の午後

※前号までの写真はこちらからご覧ください
事事如意
2006年4月3日
山田 真美