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2012年5月26日号(第456号)
今週のテーマ:
68年目のカウラ:ご遺族からの預かり物
★ 仏教エッセイ ★
真言宗のお寺・金剛院さんのウェブ上で『仏教一年生』と題したエッセイを連載中。第35回のテーマは「日食メガネと雨男」です。左のロゴをクリックしてページに飛んでください。
 オーストラリアへの出発日が近づいてまいりました。

 今回のカウラ訪問の様子はABC(オーストラリア最大のテレビ局)をはじめとする複数のテレビ・新聞等で報道される予定で、このところ私はそれらの対応に追われておりました。

 ようやく一段落し、今日は珍しく山小屋でブースケとまったり……と思いきや、先ほどブースケと坂道を走っている間にグキッという嫌な音と共に右足のふくらはぎを傷めてしまったようです。

 飛行機に乗るまでに治るとよいのですが、さて、どうなりますか。

 実は、このたびのカウラ行きには奇妙なほど下半身の事故が重なっております。

 まずは、一緒にカウラへ行く予定だった元捕虜のYさん(93歳)が転んで尾てい骨を折り、泣く泣く参加を断念。次いで参加者の一人が日食を見ていてギックリ腰になり、そして今回の私の右足故障です。

 三度目の正直と言いますから、きっとこれが怪我のし納め
 これが厄落としになって、現地では皆が健やかに過ごせるに違いない!……と信じることにしましょう。

[5月27日追記]
このブログを読んだ娘(シドニー在住)から、「
斜め掛けしていたバッグの中から30ドルが忽然と消えた」との連絡が入りました。娘はカウラ行きのメンバーの一人(映像記録係)です。彼女によれば、昨日は長めのバッグを斜め掛けして外出。帰宅してみると、その中から30ドルだけが忽然と消えていたというのです。それ以外の貴重品はすべて無事で、ファスナーは二重に閉まっており、もちろんバッグには穴も開いていない。人混みには行っておらず、スリに遭った可能性は非常に低い。30ドルだけが神隠しのように消えたそうで、「バッグの位置は腰のあたりだったので、これも下半身の事故と言えば言える?!」とのことでした。ちなみに娘がこのような形で物をなくすのは「人生初」とのことです。

 さて、先日は元捕虜の御遺族にお目にかかり、お墓に手向ける供物を預かってまいりました。

カウラ暴動で亡くなった軍医の藤田さん(本名・田島さん)の甥御さんから託された干菓子
「叔父はカウラの暴動で命を落としましたが、出征前にはきっと故郷でこの菓子を食べたのではないかと想像します。金沢の古い菓子なんです。どうか、これを墓に手向けていただければ……」

 そう言って託されたのは、金沢の老舗の菓子店が昔から変わらずに作りつづけているという干菓子でした。

 暴動で亡くなった叔父さんに、せめて故郷の味を。
 甥御さんのやさしい気持ちに、胸にぐっと熱いものがこみ上げてきました。

 「叔父さん」とは、カウラ暴動で命を落とした唯一の士官(将校)である軍医の藤田さんのことです。
 もっとも「藤田」は偽名で、本当のお名前は田島さんとおっしゃるのですが。

 これまでにも何度か書きましたが、当時の日本では捕虜であることの恥辱は深く、多くの捕虜が偽名を名乗っています。

 今回の旅では、偽名のままカウラに祀られている日本人の墓の一つ一つと対峙し、心静かに語りかけたいと思います。

 そんな折りも折り、今朝はカウラ脱走協会から連絡があり、

「お墓に供えるための花輪をご用意しておきましょうか

という、親切で思いやりに溢れた申し出をいただきました。

 日本から遠く離れたカウラの地にある日本人墓地を、今も守りつづけてくださっているのはカウラの皆さんです。

 日本人である私達が知らないところで、日本人のお墓を守ってくれる人がいる。
 もっともっと多くの日本人に知って欲しい現実ですね。

 来週はカウラに向けて出発です。
 ▼・ェ・▼今週のブースケ&パンダ∪・ω・∪


ブースケは無類のドライブ好き

(※前号までの写真はこちらからご覧ください)
事事如意
2012年5月26日
山田 真美
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