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2005年7月30日号(第182号)
今週のテーマ:
真夜中のささやき声
オーストラリア紀行(その二)
※左の画像をクリックしてご覧ください。
カウラ事件に隠された驚愕の真相に迫るノンフィクション『ロスト・オフィサー』が、7月末に全国発売されました(税込み1890円、スパイス刊)。
■日本人は、良い意味でも悪い意味でも、集団行動の得意な民族である。このような集団は、正しいリーダーに恵まれさえすれば素晴らしい成果を上げることができる反面、ひとたびリーダーが欠落したり、間違ったリーダーが選ばれたが最後、今この瞬間にも悲劇の坂を転げ落ちて行く危険と隣り合わせていると言わねばならない。(本文より抜粋)
※今回の話は「週刊マミ自身」第181号からの続きです。前回読み損ねた方は、まずこちらからお読みください。

 今や私以外の誰もが眠りに落ち、静まり返った深夜のホテル。ミシッ、ミシッと軋む階段の音と、ふたりの女性が交わす低い話し声だけが、ゆっくりと階段を登って来ます。

 その足音は、まるであの世とこの世を繋ぐ橋掛かりを摺り足で歩く能楽師のように静かでした。
 わずか20段ほどの階段を登るのに、ふたりはおそらく4〜5分を要したのではないでしょうか。

 私は先刻から寝付けずに、ベッドの中で何度も寝返りを打っていたのですが、こんな時間にチェックインした女性たちのことが、少しだけ気になりました。そこで、暗闇の中で目を凝らし、聞こえて来るに意識を集中してみることにしたのです。

 声の様子や歩き方、それに全体の雰囲気からして、どうやらふたりは50代後半ぐらいの中年女性で、ごく親しい関係、おそらく姉妹ではないかと思われました。もっともこれは理屈ではなく、あくまでも私の感覚がとらえたイメージに過ぎないのですが。

真夜中に足音がした階段
 時計は見ていませんが、彼女たちが階段を登ってきたとき、時刻はおそらくあと数分で零時という頃ではなかったかと思います。

 それにしても、彼女たちは一体どこの誰なのでしょう? 先刻まで階下のパブでクリケットをテレビ観戦していた女性客が、今から家に帰るのが面倒になってホテルに泊まることにでもしたのでしょうか。

 深夜にやって来た女性の泊り客のことを、このときの私は特に「不審」には感じませんでした。(何かの事情でそういうこともアリかも知れない)と、そう思ったからです。

 もっとも、後になってからよくよく考えてみると、こんな荒野の真ん中にあるゴーストタウンのホテルに、女性ふたりきりの客が深夜にチェックインするなんて、やはりどう考えても尋常とは言えないのですが……。

 これが普段の私なら、護身用具として使えそうな適当なもの(金属製の重い燭台とか(笑))を手に、そっと外に出て様子を伺ってみたかも知れません。

 ところがこの夜の私は、いつもに比べて警戒心が希薄になっていました。何故なのかわかりませんが、この夜の私は疑うことを忘れた無防備な心理状態になっていたように思えてならないのです。

2階の客室をつなぐ廊下
 ボソボソと小声で話しながら階段を登りきった女性ふたりは、そのまま2階の細長い廊下を歩いて来て、私がいる部屋のすぐ隣の部屋に入ったようでした(扉の開閉する音が、すぐ近くで聞こえました)。

 ホテルは木造で、おそらく築100年は経っているでしょう。
 安普請というわけではありませんが、館内は何もかもが旧式で、ごく薄い壁を1枚隔てただけの隣室の声は、こちらの部屋までダイレクトに響いてきます。

 ふたりはシャワーを使わなかったらしく、水の音などはしませんでした。ただ、ふたりの話し合う小さな声だけが、闇の中からひっそりと聞こえてくるのです。

 姿が見えているわけではないのに、彼女たちがベッドの淵に腰掛けている様子が、手に取るように感じ取れました。

 間違いなく、ふたりは姉妹のようでした。また、ふたりが発する声の感じから、彼女たちが1〜2歳違いであることも想像できました。
 それから、彼女たちの外見が地味で、やや暗い感じがすることも。

 ふたりの髪型はいわゆるひっつめ髪で、服装はくるぶしまで隠れるほど長いスカート。その下には白いペチコートのようなものを履いているようです。

 声を聞いただけで外見が想像できるという現象も、今にして思えば本当に奇妙な話なのですが、そのときの私は、そのことを少しも不思議に思いませんでした。

 彼女たちは声を押し殺して話していたため、具体的な会話の内容が聞こえたわけではありません。にもかかわらず私は、彼女たちは生涯独身だと感じました。姉妹は、或るひとりの男性について話し合っているようでしたが、その内容はかなりデリケートな事柄のようでした。

 何よりも不思議だったのは、私の耳に届く声が意味のある「言葉」ではなく、「感覚」あるいは「イメージ」のようなものだったということ。
 説明するのが非常に難しいのですが、私の耳に入って来たのは、彼女たちの「言葉」ではなく言葉の「意味」だけなのです。
 つまり、彼女たちの話していた言葉が英語だったのか、それ以外の言葉だったのか、それすらも私には判別できなかったということです。

 姉妹の会話は、かれこれ15〜20分ほど続いたでしょうか。
 この間、私の中に「怖い」という感情は微塵もありませんでしたが、それもそのはず。何しろ私は彼女たちのことを、「夜遅くにチェックインした客」だと信じ込んでいるのですから、怖いはずがありません。

 いつまでも止む気配のない彼女たちの会話をBGMのように聞きながら、このとき私は、少し離れたところのベッドで寝ている息子に向かって小声で話しかけていました。

「隣の部屋に誰か入ったみたいね。今、何時頃なのかな

 そのときでした。姉妹の声が、いきなりピタッと止んでしまったのは。

 姉妹は私の声を聞いて初めて自分たち以外にも客がいることに気づき、あわててお喋りを止めたのでしょうか。理由はわかりませんが、それ以降、彼女たちの声は二度と聞こえてきませんでした。

 一方の息子はと言えば、このときまでに既に熟睡してしまっていたらしく、返事はありません。それからほどなく私にもようやく睡魔が訪れたようで、気がつくと私は深い眠りに落ちていました。

真夜中に女性ふたりが話す声がした部屋(翌朝
撮影)。私は左隣の部屋に泊まっていました
 さて、その翌朝のこと。次々に起きだした家族に向かい、私は開口一番にこう言いました。

「みんなぐっすり眠っていたようだけど、昨夜はずいぶん遅くにチェックインしたお客さんがいたのよ。彼女たちの話し声でよく目が覚めなかったわね」

 これに対して家族から返ってきた答えは、「誰かが隣の部屋に来たなんて、知らなかった」、「昨夜はいきなり瞼が重くなって気がついたら眠ってしまっていた」というものでした。
 つまり昨夜は、私以外の誰ひとりとして物音に気づかなかったというのです。

 そのあと、朝食をとるために1階へ下りた私は、テーブルを拭いていた女性従業員をつかまえて昨夜のことを尋ねてみました。

「昨夜は、ずいぶん遅くに泊まり客がいらっしゃったのですね。クリケットの試合を見ているうちに家に帰れなくなった人ですか」

 それを聞くと従業員の女性は、掃除の手を止め、何とも言えない妙な顔をしたんですね。その顔を見た途端、聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がしました。

 彼女は一呼吸置いてから、噛んで含めるような口調でこう言いました。

「今、何と仰いました? 昨夜うちにお泊りになったお客様は、山田さんのご一家だけですよ。夜中にお客さんなんて来ませんでしたから」

 彼女の言葉に、私はまず唖然とし、ややあってから、今度は少しムキになって昨夜の出来事をさらに細かく申告しました。

「そんなはずはありませんよ。だって私、夜中にふたりの女性がお喋りをしながら2階に登って来る足音を、この耳でハッキリと聞いたんですから。50代後半ぐらいの女性です。おふたりは、たぶん姉妹だと思います。階段を登ってくる間も、部屋に入ってからも、ずっと小声で喋っていましたよ。ハッキリはわかりませんけれど、ふたりとも独身の方のようでした」

 私の言葉を聞きながら、従業員の顔からみるみるスーッと血の気が引いてゆくのがわかりました。彼女は目を大きく見開き、私の顔を凝視していましたが、暫くすると断言するような口調でこう言いました。

「だったら、そのふたりはジョーとテスですよ。間違いありません」
「ジョーとテスって、どなたですか」
「ホテルの初代オーナーです。うちのホテルは、もともとジョーとテスの姉妹が始めたものですから。お客さんが仰ったとおり、ジョーもテスも生涯独身でした」

 彼女の言葉を聞くなり、私は「なぁんだ」と拍子抜けしてしまいました。

 夜中に階段を登って来たふたりの女性は、お客ではなく、どうやらホテルのオーナー姉妹だったらしいのです。
 それなら何も不思議がることはありません。オーナーが自分のホテルの客室に出入りするのは、別に珍しいことではないでしょう。

 ところが、私がそう納得しかけたとき、従業員の女性は追い打ちをかけるように言ったのです。

「ジョーとテスは、そうやってときどき出るんですよ……。お客さんのように声だけを聞いたという人は、私の知る限り初めてですが、客室にふらっと姿を現したりするようなことは、夜だけでなく昼間もたまにあるんです」

 彼女はそこで一呼吸置くと、さらに目を大きく見開いて言葉を続けました。

「でもね。ジョーとテスが生きていたのは、もう今から何十年も昔のことですから。だって、ふたりがこのホテルを造ったのは、100年以上も前のことですから。昨日の夜にあなたが聞いた声は、生きている人間の声ではなく、きっと幽霊の声です。死んだジョーとテスの声に間違いありません」

「霊」の話をしてくれた従業員さん。名前はなんと
「レイ」さんだそうです(本当)。私の話を聞いて、
彼女は本気で身震いしておられました。写真は
ホテル1階のパブにて、“事件”の翌朝撮影
 「幽霊の声」などと言い出した従業員さんの顔を、私は思わずまじまじと見据えてしまいました。

 と同時に、昨夜からの出来事が何だか急におかしくなって、私はもう少しで笑い出しそうになるところでした。
 しかし、目の前の従業員さんがあまりにも深刻な顔をしているので、私は一旦出かかった笑いを喉の奥に引っ込めざるを得なかったのですが。

 「幽霊だ」という従業員さんの発言に対して、私の心に浮かんだ言葉は「幽霊の正体見たり、枯れ尾花」というものでした。

 考えてもみてください。世間で怪現象と呼ばれている外象の多くは、別の何物かの見間違いだったり、あるいは、先入観、恐怖心、ヒステリー、過度の期待など各種の心の迷いから生じた「錯覚」であるとは思いませんか。

 今回の「幽霊の声」に関して言えば、例えば次のような可能性が考えられるのではないでしょうか。

@ 従業員のレイさんが知らないだけで、実は、昨夜遅くにチェックインした客は実在した。
A 昨夜の声は、隣の部屋ではなく、どこか別の場所から聞こえてきた
   (音というものは、地形や気象条件などによって、とんでもない方向から聞こえることがあります。
   私はこのことを信州の山小屋で、特に大雪が降る日に頻繁に経験しています)
B この幽霊話自体が、実はホテル側の自作自演である。

 まずは@の真偽を確かめるために、私は2階に上がり、すべての部屋を調べてみました。
 その結果、「昨夜、うちにお泊りになったお客様は、山田さんのご一家だけですよ」というレイさんの言葉どおり、確かにどの部屋もきちんとベッド・メーキングが施されており、人が泊まった形跡はないことが判明。

 これを調べたとき、時刻はまだ7時前後でしたし、それ以前にハウスキーピング係の人が来なかったことは、私自身も知っています。というわけで、どうやら@の可能性はなさそうです。

 では、Aの可能性はどうでしょうか。真偽を確かめるため、今度は娘と息子に手伝ってもらい実験をしてみることにしました。

 まず、私は昨夜と同じ状態でベッドに横になり、娘と息子にはホテルのいろいろな場所に行ってもらって、小声で話してもらうという簡単な実験です。

 その結果、昨夜と同じように相手の声が聞き取れたのは、娘と息子が隣の部屋で喋ったときだけでした。このことから、昨夜の声が隣の部屋から聞こえてきたものであることは、どうやら間違いなさそう。というわけで、Aも没。

 最後に、Bのホテル自作自演説ですが、これは(確たる証拠はないものの)まずあり得ないだろうと思われました。
 なにしろこのホテルの従業員さんたちは純朴そのもので、とても自作自演などする人たちには見えませんでしたし、第一、もしも幽霊話をでっち上げたいなら、人々が寝静まった夜中ではなく、皆が起きている時間帯を選んで劇をやるはず(わざわざ観客が寝ている時間帯を選んで演劇をするなんて、あまりにナンセンスですものね)。

 ということで仮説@〜Bは、どうやらことごとく。でもそれなら、昨夜私が聞いたあの声は一体何だったというのでしょう?

 気になることは何でも徹底的に調べなくては気が済まないというのが、私の生まれつきの性分です。ホテル側の許可を得て、姉妹の声が聞こえてきた部屋(つまり私達が泊まった部屋の右隣)を詳しく調べてみることにしました。

 部屋に入った瞬間、壁際に置かれた鏡台がパッと目に飛び込んできました。その途端、鏡台の一番上の引出しを開けてみたい衝動に駆られたのは、いかなる理由からだったのでしょうか。

 まるで吸い寄せられるように鏡台の前へと歩み寄った私は、ものも言わずに一番上の引出しを開けていました(このあたりの出来事は、家族全員が目撃しています)。

 すると、どうでしょう。引出しの中には、古い手書きの書類のようなものが入っていて、その書類の最後には、驚くなかれジョー本人の署名があったではありませんか。

 まるで私に読まれることを最初から知っていたかのように、鏡台の中でひっそりと眠っていたジョー直筆の書類。

 しかも、2階のすべての部屋にある鏡台の引出しを片端から調べた結果、書類が入っていたのは、問題の部屋に置かれた鏡台の、一段上の引出しだけ(!)なのです。

 あまりにも不思議な出来事に、私はまさに狐につままれたような気分でした。

この鏡台の一番上の引出しを開け
たところ、なんとジョー直筆の書類
が!
 ……というわけで、この続きは次号に続く。
 なかなか幻の蝶ユリシーズまで話が辿り着きませんが(苦笑)、どうか気長にお読みください。

 さて、前号で募集したオーストラリア土産第1弾★クロコダイルの巻には、予想を遥かに上回る大勢の方々からご応募を頂きました。頂いたメールの数に、プレゼントを企画した私のほうが驚いております。皆さま、どうもありがとうございました。

 厳正なる籤引きの結果、今回の当選者は東京都中野区にお住まいのTakakoさんに決定いたしました。オメデトウゴザイマス♪ クロコダイルは週明けぐらいに発送いたします。可愛がってやってくださいね。

 惜しくも選に漏れてしまった皆さん、ごめんなさい!
 でも、今週もオーストラリア土産第2弾がありますから、是非とも再チャレンジしてください。今週の賞品は、「俺について来い」のクロコダイルとは打って変わって実用的なアイテムですよ。
 
▲Takakoさん、今日からボクはキミのものだ(爆)! ▲そして、今回のプレゼントはこちら
 今週のオーストラリア土産は、ポロシャツ(女性用Mサイズ)と帽子のセット。1名様に差し上げます。
 ご希望の方は、件名に「ポロシャツ&帽子希望」と書いて、

 @ハンドルネーム
 A住所氏名
 B性別
 C年齢
 D山田真美へのメッセージ

を明記の上、boosuke@badboy.co.jp までメールでご応募ください。締め切りは8月12日、発表は「週刊マミ自身」第183号(8月13日更新予定)です。奮ってご応募ください。

 このところ、暑い毎日が続いています。冷たいものの飲みすぎ・食べ過ぎ、冷房の効かせすぎによる寝冷えなどに注意して、引き続き健やかな夏をお過ごしくださいネ。

 ではでは♪

※来週の土曜日(8月5日)は法事出席のため、「週刊マミ自身」の更新をお休みさせていただきます。何卒ご了承ください。
【お知らせ】 元捕虜たちの証言で綴る 「カウラの大脱走」 が、次の日程で放送される予定です。
  
NHKハイビジョン 8月4日(木)20:00〜21:50(110分完全版)
  NHKBS-1 8月12日(金)22:10〜23:00(予定、50分ダイジェスト版)

★★★今週のブースケ&パンダ★★★


前衛アートするブースケ(笑)

※前号までの写真はこちらからご覧ください
事事如意
2005年7月30日
山田 真美